最近お客さまに、白いペーパーは漂白剤の匂いが気になるので無漂白のもの(みさらし)の方がいいですよね?と訊かれた。
そう、世の中には白いペーパーフィルターと茶色のペーパーフィルターが存在する。
一般的に同じブランドのものだと無漂白の方が少し高価なので、そちらのほうがいい、という先入観を産むのだろうか。
なぜ無漂白のほうが高価なのか。
それは、木材からリグニンという物質を取り去るために、漂白剤ではなく、大量の水で洗い流すためコストが嵩むからだという。
そうしてなお、取りきれず残ったリグニンの色があの「茶色」なのである。
まず今回の話の起点となった「匂い」についてだが、その意味では無漂白ペーパーフィルターにこそ「木」の匂いが残っている。
漂白されたペーパーフィルターに「匂い」がありそうな気がするのは、おそらく「漂白」という名称から次亜塩素酸ナトリウムの匂いを連想しているのかもしれない。
しかし現在、(ペーパーフィルターに限らず)紙を塩素漂白で白くしているところはほとんどないのだ。
漂白の過程で生成される有機塩素化合物がダイオキシンの原因物質となるため、世界的に酸素系漂白法への転換が進んでいるのである。
ということは、むしろ匂いが気になるのは無漂白パルプから作られたものではないだろうか。
件のお客さまは、匂いが気になるので白いペーパーを使う時には抽出前にお湯をかけたほうがいいか、と重ねて訊いたが、むしろ無漂白のペーパーをお使いのかたは、使用前にお湯をかけてみてほしい。
ものによっては、溶け出したリグニンが混じった茶色いお湯が出てくるはずだ。
パルプの酸素漂白への転換がはじまったのは、比較的最近のことで、1998年頃だそうだ。
それ以前の時期に、健康志向の高まりに合わせて無漂白ペーパーフィルターが生まれた。
すでにほぼ酸素漂白への転換が終わった今もこれが残っているのは、ひとえに「味が違う」からである。
無漂白パルプから生まれる紙はリグニンが残っているため丈夫で、重い物を入れる袋などに使われる。
残存リグニンから出るかすかな木の香りと、緊密な紙質が抽出に影響を与えるのだろう。
その差は微々たるものかもしれないが、微々たる違いを追い込んでこその趣味とも言える。
しかし木を見て森を見ず、になっては面倒な手数をかけてコーヒーを淹れる甲斐がない。
焙煎によって生じた多くの香味成分の複雑なバランスを、なるべく純粋な形で味わうならやはり、ペーパーは漂白されたペーパーのほうがいいと思う。
2018年1月22日月曜日
2017年9月29日金曜日
煎じ詰めて言えば、コーヒー屋の仕事の要衝は旨い“ブレンド”を作ることにあるんじゃないだろうか
先日とあるカフェにお邪魔して、「ブレンドを」とお願いしたら、
「お客さまの好みにブレンドをお作りします。どんな味がいいですか」
と言われた。
その設定は想定外だったので慌てたが、すぐに頭に浮かんだのは、“コーヒーの神様”襟立氏のご子息が山の手で営んでおられた「リヒト」で、すべてのコーヒー豆のプライスタグに書かれていた、
しかしその当のリヒト店主が、客が少しでもコーヒー通ぶったことを言うと、とたんに不機嫌になったことも同時に思い出し、「あんまり苦くないほうがいいんですが、酸っぱいっていうのもちょっと苦手で・・」と、しどろもどろな感じでお願いしてみた。
まあじゃあ、バランス重視って感じですかね、と言って作ってくださったブレンドはかなり強い酸味のコーヒーだった。
味覚という官能評価は人によってだいぶ違う。
そして極めて言葉にしにくいのがコーヒーの味だ。
だからお客さまのお好みを伺って、それに応える味を作るのは実に難しい。
だから、自分が美味しいと思う味を、その店のメートル原器にして、そこを起点に味のバリエーションを作るのが王道だ、と最後に師事したお師匠さんに教わった。
それに、僕の10年の経験から言って、そう簡単にブレンドは出来ない。
まず実現したい味のイメージがなければ、なんのためにブレンドを作るのかわからない。
と言ったって、実現したい味のイメージなんて考えて浮かぶもんじゃないし、カタログに書いてあるセールス・コピーの一般論も、もちろんあてにならない。
自分で経験したことしか信じられないのがコーヒーの世界だと思う。
コーヒーの勉強をはじめたばかりの頃、頭でっかちの僕はコーヒーの起源の地であるエチオピア産の豆を飲み比べて歩いた。
酸っぱいお店が多かったが、門前仲町のピコというお店のエチオピアはとても柔らかくて綺麗な味だった。
ピコのマスターがやっていたコーヒー教室に参加して、KONO式の器具に出会い、あまりの味の違いにびっくりして、KONOコーヒー塾の門を叩いた。
そこで社長の淹れてくれたエチオピアの味ときたら!
そうか、これが酸っぱいとは違うコーヒーの酸味か、と気がついたが、これやっぱり結構な経験を積まないと気付けない味だな、とも思った。
だから自分の最初のブレンドは、はじめて飲んだ人にもわかる、「酸味の誤解」を解くコーヒーを作りたい、と思ったのだ。
試行錯誤、紆余曲折の結果、途中段階で開業し、4年目にしてやっと今のカタチの「ジリオブレンド」が完成した。
今日も朝から、そのブレンドの構成豆を焙煎した。
ゲイシャ種なんて珍しいですね、とか、ここのグァテマラは旨いね、とか、もちろんうれしくないことはないけれど、豆の選定から、焙煎度の吟味からやって、頭にあるコーヒーのイメージを作ったブレンドを、常連さんから「お宅のコーヒー」と言われるのが、コーヒー屋としてなにより嬉しい。
煎じ詰めて言えば、コーヒー屋の仕事の要衝は旨い“ブレンド”を作ることにあるんじゃないだろうか
「お客さまの好みにブレンドをお作りします。どんな味がいいですか」
と言われた。
その設定は想定外だったので慌てたが、すぐに頭に浮かんだのは、“コーヒーの神様”襟立氏のご子息が山の手で営んでおられた「リヒト」で、すべてのコーヒー豆のプライスタグに書かれていた、
酸っぱくも苦くもありませんという言葉だった。
しかしその当のリヒト店主が、客が少しでもコーヒー通ぶったことを言うと、とたんに不機嫌になったことも同時に思い出し、「あんまり苦くないほうがいいんですが、酸っぱいっていうのもちょっと苦手で・・」と、しどろもどろな感じでお願いしてみた。
まあじゃあ、バランス重視って感じですかね、と言って作ってくださったブレンドはかなり強い酸味のコーヒーだった。
味覚という官能評価は人によってだいぶ違う。
そして極めて言葉にしにくいのがコーヒーの味だ。
だからお客さまのお好みを伺って、それに応える味を作るのは実に難しい。
だから、自分が美味しいと思う味を、その店のメートル原器にして、そこを起点に味のバリエーションを作るのが王道だ、と最後に師事したお師匠さんに教わった。
それに、僕の10年の経験から言って、そう簡単にブレンドは出来ない。
まず実現したい味のイメージがなければ、なんのためにブレンドを作るのかわからない。
と言ったって、実現したい味のイメージなんて考えて浮かぶもんじゃないし、カタログに書いてあるセールス・コピーの一般論も、もちろんあてにならない。
自分で経験したことしか信じられないのがコーヒーの世界だと思う。
コーヒーの勉強をはじめたばかりの頃、頭でっかちの僕はコーヒーの起源の地であるエチオピア産の豆を飲み比べて歩いた。
酸っぱいお店が多かったが、門前仲町のピコというお店のエチオピアはとても柔らかくて綺麗な味だった。
ピコのマスターがやっていたコーヒー教室に参加して、KONO式の器具に出会い、あまりの味の違いにびっくりして、KONOコーヒー塾の門を叩いた。
そこで社長の淹れてくれたエチオピアの味ときたら!
そうか、これが酸っぱいとは違うコーヒーの酸味か、と気がついたが、これやっぱり結構な経験を積まないと気付けない味だな、とも思った。
だから自分の最初のブレンドは、はじめて飲んだ人にもわかる、「酸味の誤解」を解くコーヒーを作りたい、と思ったのだ。
試行錯誤、紆余曲折の結果、途中段階で開業し、4年目にしてやっと今のカタチの「ジリオブレンド」が完成した。
今日も朝から、そのブレンドの構成豆を焙煎した。
ゲイシャ種なんて珍しいですね、とか、ここのグァテマラは旨いね、とか、もちろんうれしくないことはないけれど、豆の選定から、焙煎度の吟味からやって、頭にあるコーヒーのイメージを作ったブレンドを、常連さんから「お宅のコーヒー」と言われるのが、コーヒー屋としてなにより嬉しい。
煎じ詰めて言えば、コーヒー屋の仕事の要衝は旨い“ブレンド”を作ることにあるんじゃないだろうか
2017年8月24日木曜日
すべては鮮度のために
今日は不安定な天気の札幌です。
雨の日はすこし仕上がりがスモーキーになるような気がして、焙煎は避けるのですが、さすがに看板ブレンドが品切れでは営業できません。
ジリオブレンドを構成する「エチオピア」「タンザニア」「パプアニューギニア」を焙煎しました。
豆の選択は、いろいろ試行錯誤をして、結局三種とも、最後の焙煎の師匠中野弘志さんの教えてくださった豆になりました。
他の焙煎所で教えていただいた豆は、いいものもあったのですが一般に供給の安定度が低く、代わりの豆を選んではその都度焙煎度の調整をしなくてはなりませんし、思った味にならないものもありました。
その点、この三ブランドは、この10年概ね安定した供給を受けられています。
鮮度のことを考えると、少しずつブレンドして、ストレート用の豆がなくなった時にブレンドの中に混ぜ込んだ古い豆が残らないようにしています。
ゆえに、ご注文いただいてから、やおらブレンドをはじめたりして少し時間がかかることがありますが、すべては鮮度のためにやっていることですのでご容赦ください。
雨の日はすこし仕上がりがスモーキーになるような気がして、焙煎は避けるのですが、さすがに看板ブレンドが品切れでは営業できません。
ジリオブレンドを構成する「エチオピア」「タンザニア」「パプアニューギニア」を焙煎しました。
| エチオピア イルガチェフェ WASH |
| タンザニア アデラAA |
| パプアニューギニア シグリAA |
他の焙煎所で教えていただいた豆は、いいものもあったのですが一般に供給の安定度が低く、代わりの豆を選んではその都度焙煎度の調整をしなくてはなりませんし、思った味にならないものもありました。
その点、この三ブランドは、この10年概ね安定した供給を受けられています。
鮮度のことを考えると、少しずつブレンドして、ストレート用の豆がなくなった時にブレンドの中に混ぜ込んだ古い豆が残らないようにしています。
ゆえに、ご注文いただいてから、やおらブレンドをはじめたりして少し時間がかかることがありますが、すべては鮮度のためにやっていることですのでご容赦ください。
2017年8月23日水曜日
面陳と背刺し
昨日の肌寒い雨で夏も終わったか、と思ったらさっそく厳しい残暑の札幌です。
今朝は「マラウイ」と「エルサルバドル」の焙煎をしておりました。
マラウイはアフリカはタンザニアの東隣に位置する小国です。
パナマのエスメラルダ農園で、耳慣れない「ゲイシャ」という品種の豆がカップ・オブ・エクセレンスを受賞して話題になりましたが、そのずっと前からゲイシャ種を栽培していた国です。
もとは、エチオピアのゲシャ村で発見された変異種ですね。
古い品種ならではのパンチの効いた味が魅力です。
グァテマラの隣国エルサルバドルのサンタ・リタ農園は、中米ではもう作っているところの少なくなったブルボン種を丁寧に作り続けている数少ない農園のひとつ。最近ハイブリッドの栽培品種が増え、味の濁りが感じられるようになったグァテマラのセカンド・チョイスとしてお勧めできます。
この二種のコーヒーは今年のカフェジリオ開店10周年記念リニューアルで、新たにレギュラー入りした豆なのですが、それまでも月替りで特設コーナーに置いて販売していました。
不思議なことに、出せば必ず買っていかれたお客さまも、なぜかレギュラー商品になると、ご案内してもお買いにならなくなります。
書店ではよく知られる「面陳」効果です。
棚に陳列するさい、表紙が見えるように並べるのを「面陳」、背表紙が見えるように並べるのを「背刺し」といいますが、こんなことで驚くほど売れ行きが違うそうです。
先日もレンタルDVD店で、中井貴一さんの「グッドモーニング・ショー」という映画が新作コーナーに面陳されていて、それがいつ行っても全巻レンタル中でした。
こんなに人気があるならもっと入荷すればいいのに、と思っていたのですが、二週間後背刺しに移行した瞬間から一巻も借りられていない、という気の毒にもわかり易すぎる結果になっていました。
純粋に味だけでコーヒーを選んで欲しい、という想いから原価にかかわらず価格だって500円に統一しているのです。面陳だから売れる、というのでは悲しい。
きっとその肝心の味がうまく伝えられていないのでしょう。
しかし、これが難しい。
コーヒーの神様、と呼ばれた襟立氏(伝説の名店「もか」の標さんのお師匠さん)のご長男がやっておられた宮の森の「リヒト」(現在は閉店)では、すべてのコーヒー豆の説明書きに、「苦くも酸っぱくもありません」とだけ書かれていました。
知れば知る程、言葉にできなくなるのが珈琲の味なんです。
ましてや酸っぱいとか苦いとかは、焙煎度の差に過ぎず、本来のコーヒーの属性ではない。
今は、「ローストナッツ」や「チョコレート」「花」「柑橘」といったアロマの傾向で表現するのが主流ですが、これも飲み慣れない人には伝わりにくいですし、少なくない人がそういうフレーバーを付けたコーヒーと勘違いされたりします。なにかうまい方法はないものか、もう少し考えてみたいと思います。
今朝は「マラウイ」と「エルサルバドル」の焙煎をしておりました。
| マラウイ・ミスク・チノンゴAA |
| エルサルバドル・サンタ・リタ農園 |
パナマのエスメラルダ農園で、耳慣れない「ゲイシャ」という品種の豆がカップ・オブ・エクセレンスを受賞して話題になりましたが、そのずっと前からゲイシャ種を栽培していた国です。
もとは、エチオピアのゲシャ村で発見された変異種ですね。
古い品種ならではのパンチの効いた味が魅力です。
グァテマラの隣国エルサルバドルのサンタ・リタ農園は、中米ではもう作っているところの少なくなったブルボン種を丁寧に作り続けている数少ない農園のひとつ。最近ハイブリッドの栽培品種が増え、味の濁りが感じられるようになったグァテマラのセカンド・チョイスとしてお勧めできます。
この二種のコーヒーは今年のカフェジリオ開店10周年記念リニューアルで、新たにレギュラー入りした豆なのですが、それまでも月替りで特設コーナーに置いて販売していました。
不思議なことに、出せば必ず買っていかれたお客さまも、なぜかレギュラー商品になると、ご案内してもお買いにならなくなります。
書店ではよく知られる「面陳」効果です。
棚に陳列するさい、表紙が見えるように並べるのを「面陳」、背表紙が見えるように並べるのを「背刺し」といいますが、こんなことで驚くほど売れ行きが違うそうです。
先日もレンタルDVD店で、中井貴一さんの「グッドモーニング・ショー」という映画が新作コーナーに面陳されていて、それがいつ行っても全巻レンタル中でした。
こんなに人気があるならもっと入荷すればいいのに、と思っていたのですが、二週間後背刺しに移行した瞬間から一巻も借りられていない、という気の毒にもわかり易すぎる結果になっていました。
純粋に味だけでコーヒーを選んで欲しい、という想いから原価にかかわらず価格だって500円に統一しているのです。面陳だから売れる、というのでは悲しい。
きっとその肝心の味がうまく伝えられていないのでしょう。
しかし、これが難しい。
コーヒーの神様、と呼ばれた襟立氏(伝説の名店「もか」の標さんのお師匠さん)のご長男がやっておられた宮の森の「リヒト」(現在は閉店)では、すべてのコーヒー豆の説明書きに、「苦くも酸っぱくもありません」とだけ書かれていました。
知れば知る程、言葉にできなくなるのが珈琲の味なんです。
ましてや酸っぱいとか苦いとかは、焙煎度の差に過ぎず、本来のコーヒーの属性ではない。
今は、「ローストナッツ」や「チョコレート」「花」「柑橘」といったアロマの傾向で表現するのが主流ですが、これも飲み慣れない人には伝わりにくいですし、少なくない人がそういうフレーバーを付けたコーヒーと勘違いされたりします。なにかうまい方法はないものか、もう少し考えてみたいと思います。
2017年7月17日月曜日
ドリッパーの選び方
お店ではKONOの新型ドリッパー(コーノ式では「フィルタ」といいます)MDK-21を愛用している。
もともとは2015年のコーノ90周年に合わせて発売された記念モデルを、再発売したもの。
しばらく在庫切れになっていたが、復活したようなので再度ご紹介します。
開発元のコーヒーサイフォン株式会社のオンラインショップで買えます。
→珈琲サイフォン株式会社 Webショップ
新型のポイントは、中央にある「リブ」が極めて短いというところ。
最下部から上に伸びている「畝」のようなものがリブで、この部分だけペーパーと器具が圧着されず空気が通ってコーヒー液をサーバーに導く役割をする。
左が前モデルのMDN型で、右側のMDK-21に比べると明らかに「畝」が長いのがわかるだろう。
抽出において、これがどういう差を生むのかというと、
リブが長ければ落ちやすく、短ければ落ちにくくなるのである。
落ちにくい器具では、じっくり抽出されるため味が濃く出る。
が、少しずつ注湯しないと、すぐに溢れてしまうため注湯作業は格段に難しくなる。
だからMDN型を選ぶかMDK型を選ぶかは、味と作業難易度とのトレードオフということになる。
もうひとつ、実に好対照というべき製品があって、それがハリオV60。
リブがフィルタの全体を覆うように入っているのがわかるだろう。
お湯は入れた量に素直に追随して落ちていく。
作業的には非常にスムースで、判断に迷うことがない。
ゆっくりと湯を注ぎ続けることができれば、現在のドリップ系の器具の中で最も作業の楽な手段かもしれない。
さらにこのガラス製のモデルは実にスタイリッシュだ。
そのうえAmazonで買える。
そういう意味でもスタイリッシュ。
ちなみにコーノとハリオのペーパーは完全互換で、どちらのものも使える。
入手しやすい方を使えばいいだろう。
で、正直なところ書いている僕も、ここに挙げた三種のフィルタで、それほど味の差はないと思っている。
この仕事を始めた頃は、そりゃコーノ一択でしょ、と思っていたが、だんだんどの器具でも同じ味に入れられるようになってきた。
器具の違いは結局作業上の「感触」の違いのようなものだから、直感で選んでいいと思う。
好みのデザインとか、プロっぽい感じとか。
その後、使って慣れて自分の味を作っていく。
そういう感じでいいと思う。
もともとは2015年のコーノ90周年に合わせて発売された記念モデルを、再発売したもの。
しばらく在庫切れになっていたが、復活したようなので再度ご紹介します。
開発元のコーヒーサイフォン株式会社のオンラインショップで買えます。
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新型のポイントは、中央にある「リブ」が極めて短いというところ。
最下部から上に伸びている「畝」のようなものがリブで、この部分だけペーパーと器具が圧着されず空気が通ってコーヒー液をサーバーに導く役割をする。
左が前モデルのMDN型で、右側のMDK-21に比べると明らかに「畝」が長いのがわかるだろう。
抽出において、これがどういう差を生むのかというと、
リブが長ければ落ちやすく、短ければ落ちにくくなるのである。
落ちにくい器具では、じっくり抽出されるため味が濃く出る。
が、少しずつ注湯しないと、すぐに溢れてしまうため注湯作業は格段に難しくなる。
だからMDN型を選ぶかMDK型を選ぶかは、味と作業難易度とのトレードオフということになる。
もうひとつ、実に好対照というべき製品があって、それがハリオV60。
リブがフィルタの全体を覆うように入っているのがわかるだろう。
お湯は入れた量に素直に追随して落ちていく。
作業的には非常にスムースで、判断に迷うことがない。
ゆっくりと湯を注ぎ続けることができれば、現在のドリップ系の器具の中で最も作業の楽な手段かもしれない。
さらにこのガラス製のモデルは実にスタイリッシュだ。
ハリオ
売り上げランキング: 23,729
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そのうえAmazonで買える。
そういう意味でもスタイリッシュ。
ちなみにコーノとハリオのペーパーは完全互換で、どちらのものも使える。
入手しやすい方を使えばいいだろう。
で、正直なところ書いている僕も、ここに挙げた三種のフィルタで、それほど味の差はないと思っている。
この仕事を始めた頃は、そりゃコーノ一択でしょ、と思っていたが、だんだんどの器具でも同じ味に入れられるようになってきた。
器具の違いは結局作業上の「感触」の違いのようなものだから、直感で選んでいいと思う。
好みのデザインとか、プロっぽい感じとか。
その後、使って慣れて自分の味を作っていく。
そういう感じでいいと思う。
2017年7月15日土曜日
ミルなら、KalitaのナイスカットGを買えばいいと思うよ
コーヒーのことでお客さまから質問を受けることが多い。
一番多いのは、抽出のための器具のことだが、時々、ミルはどれがいいでしょうという質問を受ける。
2007年に開店してしばらくの間、この質問には簡単に答えることができた。
実際お店で自分が使っていたこの製品は、 そのくらい優れていた。
詳しくはこちらの記事を
ちょっと話は逸れるが、お店をやっていてこのセリフを何度聞いたか、考えると憂鬱になる。
主に乳製品でこのセリフをよく聞いた。
オーム乳業のクレーム・ドゥーブル、牧家の牛乳「草香る」、森永の「FH40」生クリーム・・・
みな口を揃えて「売れば売るほど赤字になる」と言ったものだ。
もしそれが本当の理由なら最適解は「値上げ」をすることだろうから、実際は、工場運営の問題や、原材料の安定的確保などの問題などが複合的にあって、廃番に踏み切ったのだろう。
でもそんな現実的で世知辛い話よりは、企業の良心をアピールできる「売れば売るほど赤字になる」のほうが、言う方も楽だし、耳にも心地よい。
聞き流してあげるのが大人というものだ。
話を戻す。
カリタがナイスカットミルをやめて、出した商品がナイスカットミル・ネクストGで、静電気除去装置付で、正価では約6万円。
とうてい家庭用に簡単に買える金額ではなく、業務用としても少し躊躇する。
当然市場は、反発。ナイスカットミルのストレートな後継機を待ち望んでいた。
そして、
そして、
そしてやっと、
やっと出ました、後継機。ナイスカットGです。
わー、パチパチパチ。
これで「あのー、ミルは・・」と聞かれたとき、にっこり笑って、
すでに実売3万円を切っていますね。
前モデルは最安で2万円弱までいきましたが、そうなるとまたヤメルとか言い出すから、適正価格で長く販売してほしいです。
で、タイミングよく、東京の知人からTwitterのDMでミルの質問があったので、ナイスカットGをお勧めしたらさっそく買って、大満足だそうです。
よかった、よかった。
一番多いのは、抽出のための器具のことだが、時々、ミルはどれがいいでしょうという質問を受ける。
2007年に開店してしばらくの間、この質問には簡単に答えることができた。
Kalitaのナイスカットミルを買ってください。これでオーケー。
実際お店で自分が使っていたこの製品は、 そのくらい優れていた。
詳しくはこちらの記事を
→コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理
ところがこの製品、売れば売るほど赤字になるというよく聞く理由で廃番になってしまった。
ちょっと話は逸れるが、お店をやっていてこのセリフを何度聞いたか、考えると憂鬱になる。
主に乳製品でこのセリフをよく聞いた。
オーム乳業のクレーム・ドゥーブル、牧家の牛乳「草香る」、森永の「FH40」生クリーム・・・
みな口を揃えて「売れば売るほど赤字になる」と言ったものだ。
もしそれが本当の理由なら最適解は「値上げ」をすることだろうから、実際は、工場運営の問題や、原材料の安定的確保などの問題などが複合的にあって、廃番に踏み切ったのだろう。
でもそんな現実的で世知辛い話よりは、企業の良心をアピールできる「売れば売るほど赤字になる」のほうが、言う方も楽だし、耳にも心地よい。
聞き流してあげるのが大人というものだ。
話を戻す。
カリタがナイスカットミルをやめて、出した商品がナイスカットミル・ネクストGで、静電気除去装置付で、正価では約6万円。
とうてい家庭用に簡単に買える金額ではなく、業務用としても少し躊躇する。
Kalita (カリタ)
売り上げランキング: 20,453
売り上げランキング: 20,453
当然市場は、反発。ナイスカットミルのストレートな後継機を待ち望んでいた。
そして、
そして、
そしてやっと、
やっと出ました、後継機。ナイスカットGです。
Kalita (カリタ) (2017-03-13)
売り上げランキング: 14,654
売り上げランキング: 14,654
わー、パチパチパチ。
これで「あのー、ミルは・・」と聞かれたとき、にっこり笑って、
カリタのナイスカットGを買ってくださいと言える。
すでに実売3万円を切っていますね。
前モデルは最安で2万円弱までいきましたが、そうなるとまたヤメルとか言い出すから、適正価格で長く販売してほしいです。
で、タイミングよく、東京の知人からTwitterのDMでミルの質問があったので、ナイスカットGをお勧めしたらさっそく買って、大満足だそうです。
よかった、よかった。
2017年6月28日水曜日
焙煎のこと
美味しいコーヒーを淹れるための第一歩は、良い豆を手に入れることに尽きる。
では「良い豆」とは何か。
鮮度の問題は大きい。
焙煎によって作られた香味成分は日を追うにつれて分解していってしまうからで、一週間も経てば半分以上が無くなってしまう。
しかし、ということは、そもそもその香味成分が上手く焙煎によって焼成されていなければ、最初から話にならないというだ。
というわけで、良い豆のもっとも重要な要件は上手に焙煎された豆である、とここでは定義してしまおう。
何が上手な焙煎かということに関しては、ここまでの論展開で明らかなように、豆が持つ香味成分を最大限に焼成できていること、と決まる。
調理の基本に照らせば、豆の加熱の肝は、ひとつの鍋(焙煎の場合には釜)に加える総熱量と、一つ一つの豆の中心部まで熱が届くまでのスピードが、どうバランスしているか、ということになる。
このバランスを取るために媒介としての液体(水であったり、スープだったり)の量や浸透性を調整したり、鍋の形状や素材などを工夫してきたのが調理の歴史である。
コーヒー豆の場合はシンプルで、そもそも水に入れるわけにはいかないのだから、そのまま加熱するしかない。
調整のための媒介を介在させられない、というところがコーヒー豆の焙煎が難しいところなのだ。
またコーヒー豆はとても硬いので、火が通りにくい。全体の熱量をかなり高くする必要があるのだ。
だから普通に鍋で加熱でもしようものなら、表面が焦げて芯が生のまま、という豆が出来上がる。
そのために回転ドラムの中で豆を泳がせ、空気で加熱するという焙煎機の原理が生まれたわけだ。
普通に考えれば、与えるべき熱量と豆の中心まで熱が入るスピードを調整するためには火力を調整すればいい、ということになるだろうが、それもそう簡単にはいかない事情がある。
必要な熱量を与えるのに、時間を長く取る、つまり弱火に頼る、ということがコーヒー豆の焙煎では出来ないのだ。
それは800種類もの香味成分を焼成させる焙煎では、デンプンをアルファ化するような、火が通ればいいという単純さを適用できないからだ。
どうしても一定の強い火力で炙る過程が必要になる。
くどくどと書いてきたわりに結論がシンプルでまったく恐縮なのだが、つまり、焙煎はまとまった量でやらないと美味しくならないのである。
だからといって大量に焙煎すると、鮮度が落ちて、スカスカな味のコーヒーを売ることになってしまう。
だから芯残りのない焙煎のできる最少量を試行錯誤で探って日々焙煎しているのです。
今のところ、9種類の豆をそれぞれ1キロずつ焙煎していく、というのが味と販売量のバランス点になっているようです。
では「良い豆」とは何か。
鮮度の問題は大きい。
焙煎によって作られた香味成分は日を追うにつれて分解していってしまうからで、一週間も経てば半分以上が無くなってしまう。
しかし、ということは、そもそもその香味成分が上手く焙煎によって焼成されていなければ、最初から話にならないというだ。
というわけで、良い豆のもっとも重要な要件は上手に焙煎された豆である、とここでは定義してしまおう。
何が上手な焙煎かということに関しては、ここまでの論展開で明らかなように、豆が持つ香味成分を最大限に焼成できていること、と決まる。
調理の基本に照らせば、豆の加熱の肝は、ひとつの鍋(焙煎の場合には釜)に加える総熱量と、一つ一つの豆の中心部まで熱が届くまでのスピードが、どうバランスしているか、ということになる。
このバランスを取るために媒介としての液体(水であったり、スープだったり)の量や浸透性を調整したり、鍋の形状や素材などを工夫してきたのが調理の歴史である。
コーヒー豆の場合はシンプルで、そもそも水に入れるわけにはいかないのだから、そのまま加熱するしかない。
調整のための媒介を介在させられない、というところがコーヒー豆の焙煎が難しいところなのだ。
またコーヒー豆はとても硬いので、火が通りにくい。全体の熱量をかなり高くする必要があるのだ。
だから普通に鍋で加熱でもしようものなら、表面が焦げて芯が生のまま、という豆が出来上がる。
そのために回転ドラムの中で豆を泳がせ、空気で加熱するという焙煎機の原理が生まれたわけだ。
普通に考えれば、与えるべき熱量と豆の中心まで熱が入るスピードを調整するためには火力を調整すればいい、ということになるだろうが、それもそう簡単にはいかない事情がある。
必要な熱量を与えるのに、時間を長く取る、つまり弱火に頼る、ということがコーヒー豆の焙煎では出来ないのだ。
それは800種類もの香味成分を焼成させる焙煎では、デンプンをアルファ化するような、火が通ればいいという単純さを適用できないからだ。
どうしても一定の強い火力で炙る過程が必要になる。
くどくどと書いてきたわりに結論がシンプルでまったく恐縮なのだが、つまり、焙煎はまとまった量でやらないと美味しくならないのである。
だからといって大量に焙煎すると、鮮度が落ちて、スカスカな味のコーヒーを売ることになってしまう。
だから芯残りのない焙煎のできる最少量を試行錯誤で探って日々焙煎しているのです。
今のところ、9種類の豆をそれぞれ1キロずつ焙煎していく、というのが味と販売量のバランス点になっているようです。
2017年5月1日月曜日
ドリップバッグという方式について少し補足
ドリップバッグを商品化してから、自分でも何度か使ってみて、さらに勉強のため他店、他社のドリップバッグも淹れてみて、すこし説明を補足しておきたくなったので、書きます。
以前の記事で、ドリップバッグは実はドリップではなく「浸漬法」なのではないか、と指摘したんです。
浸漬にかかる時間は約4分、抽出自体には2分かかるかかからないか、というところだろうから2分ほどの蒸らし時間を追加したほうがいいだろう、というのがその時提示した実際の手順でした。
しかし、ことはそう単純ではない、とわかってきたんですね。
同じ淹れ方でやってみても、家人と私では出来上がったコーヒーの味が違う。
私が淹れると、ドリップで淹れた時とさほど変わらない味がでるんですが、家人のほうは味が出てないんですね。
で、そういえば家人はドリップで淹れてもこういう味なんです。
味の輪郭はきちんと出るんだけど、中身が薄い。
漬け込んでいるだけなら味に違いは出ないはずで、やはりポットからの注湯の分量や勢い、間隔などの要素が味に大きく影響するのだろうなあ、と。
ドリップコーヒーでこういう差がでることはよく知られているんですが、通常の半分以下の量で入れるドリップバッグでは、ほとんど無視できるものと思い込んでました。
とんでもない。
で、そういう目で(舌で?)他社のドリップバッグを試してみると、量が少ないから、という以前に味が劣化していると感じられるんです。
それも当然で、ドリップバッグは商品特性上、挽いてから時間が経っているものが多いですから。
美味しい豆で作ってあって、鮮度が高ければドリップバッグでも、ハンドドリップ並みとはいかなくても、そのお手並みなりの同じ手触りのコーヒーが淹れられるんです。
ということで、本質的にやはりドリップバッグはやはり、どうしようもなく「透過法」だった、ということで訂正しておこうと思います。
以前の記事で、ドリップバッグは実はドリップではなく「浸漬法」なのではないか、と指摘したんです。
浸漬にかかる時間は約4分、抽出自体には2分かかるかかからないか、というところだろうから2分ほどの蒸らし時間を追加したほうがいいだろう、というのがその時提示した実際の手順でした。
しかし、ことはそう単純ではない、とわかってきたんですね。
同じ淹れ方でやってみても、家人と私では出来上がったコーヒーの味が違う。
私が淹れると、ドリップで淹れた時とさほど変わらない味がでるんですが、家人のほうは味が出てないんですね。
で、そういえば家人はドリップで淹れてもこういう味なんです。
味の輪郭はきちんと出るんだけど、中身が薄い。
漬け込んでいるだけなら味に違いは出ないはずで、やはりポットからの注湯の分量や勢い、間隔などの要素が味に大きく影響するのだろうなあ、と。
ドリップコーヒーでこういう差がでることはよく知られているんですが、通常の半分以下の量で入れるドリップバッグでは、ほとんど無視できるものと思い込んでました。
とんでもない。
で、そういう目で(舌で?)他社のドリップバッグを試してみると、量が少ないから、という以前に味が劣化していると感じられるんです。
それも当然で、ドリップバッグは商品特性上、挽いてから時間が経っているものが多いですから。
美味しい豆で作ってあって、鮮度が高ければドリップバッグでも、ハンドドリップ並みとはいかなくても、そのお手並みなりの同じ手触りのコーヒーが淹れられるんです。
ということで、本質的にやはりドリップバッグはやはり、どうしようもなく「透過法」だった、ということで訂正しておこうと思います。
2017年4月4日火曜日
コーヒーとオーディオはちょっと似ている
この間、お客さまとコーヒーの話をしていてなるほどなー、と思ったのは、
「コーヒーの味ってさ、濃いのがいいとか、苦いとか酸っぱいとかじゃなくて、好きと苦手だよね」
という言葉でした。
栽培品種のセレクトで決まってくる遺伝子の混ざり具合。
抽出の時の温度や器具に起因するアロマの出具合。
はては提供される器が飲む時に生じさせる空気の混じり具合のような微妙な要素まで。
そういうものがからみあって、きっとそういう「好み」が出来上がっている。
こんなの個々の要素を言語化することも多分出来ないし、しても意味がないでしょう。
どうしたって、10人コーヒー屋がいれば、10種類のコーヒーが出来てしまうのです。
だからまあ、好みの店を見つけるしかないと思うんですよね。
それでも、たまに外で人の淹れてくれたコーヒーを飲む機会があると、あとで豆を調べて、品種による味の個性みたいなものを知ることが出来る。
その事自体はすごく楽しいですね。
そんなことを考えていてふと、コーヒーってオーディオに似てるなー、と思いました。
オーディオ装置から出てくる音にもやっぱり「好き」と「苦手」があるんですよね。
僕はアナログレコードを聴いたり、磨いたりするのが好きなんですが、これがけっこう装置によって音が違うんですよ。
特にターンテーブルに動力を伝達する形式に由来する音の違いが、コーヒーのような言語化しにくい「味」の違いのようなものになってるんじゃないか、と思う機会が多いです。
自分が使っているのはエントリークラスのダイレクトドライブ機で、モーターが直接ターンテーブルを回すんですが、はじめて自分のステレオを買ってもらった70年代の終わりから80年代にかけては、日本のメーカーから出ている普及品の多くがこの形式を採用していました。
そういうわけで慣れ親しんだこの形式の音が一番心地よいのかもしれません。
マニアな方の中には、ベルトドライブの方が音がいい、という人も、どうしてもアイドラードライブでなければ、という方もいらっしゃって、親切にも音を聴かせてくださったりします。
僕にはそれらの音が「揺れている」気がして「苦手」なんですが、機器で音が違うという体験自体は面白いわけです。
それにあの揺れている感じが音楽の実体感になっていて、だからそれが「好き」なんだという感覚もちょっとわかる気がするんですよね。
コーヒーに話を戻せば、商売でやっていることだから、職人が好き嫌いでコーヒーを焼くわけにはいかないと思います。
お客さまの嗜好にあったものをご用意できるのが一番だと思う。
それでも、こんな言葉にもならない微妙な感覚が嗜好を決めてしまう世界なら、味を磨き込むにはやはり自分の一番好きな味を追求するしかないでしょう。
この店の場合なら、それがハウスブレンドの「ジリオブレンド」ということになります。
開店した頃は、エチオピアとタンザニアの二種等量配合だったのが、後に重心の低さが欲しくてパプア・ニューギニアのシグリAAという豆にたどり着き、その後も焙煎度の調整を繰り返し、10年かけて磨いてきたブレンドです。
普段はストレートコーヒーを選ばれるお客さまも、贈り物にするときには「ジリオブレンド」を選んでいただくことが多いです。
ああ、わかってくださってるんだな、とそういう時、とても嬉しい気持ちになります。
「コーヒーの味ってさ、濃いのがいいとか、苦いとか酸っぱいとかじゃなくて、好きと苦手だよね」
という言葉でした。
栽培品種のセレクトで決まってくる遺伝子の混ざり具合。
抽出の時の温度や器具に起因するアロマの出具合。
はては提供される器が飲む時に生じさせる空気の混じり具合のような微妙な要素まで。
そういうものがからみあって、きっとそういう「好み」が出来上がっている。
こんなの個々の要素を言語化することも多分出来ないし、しても意味がないでしょう。
どうしたって、10人コーヒー屋がいれば、10種類のコーヒーが出来てしまうのです。
だからまあ、好みの店を見つけるしかないと思うんですよね。
それでも、たまに外で人の淹れてくれたコーヒーを飲む機会があると、あとで豆を調べて、品種による味の個性みたいなものを知ることが出来る。
その事自体はすごく楽しいですね。
そんなことを考えていてふと、コーヒーってオーディオに似てるなー、と思いました。
オーディオ装置から出てくる音にもやっぱり「好き」と「苦手」があるんですよね。
僕はアナログレコードを聴いたり、磨いたりするのが好きなんですが、これがけっこう装置によって音が違うんですよ。
特にターンテーブルに動力を伝達する形式に由来する音の違いが、コーヒーのような言語化しにくい「味」の違いのようなものになってるんじゃないか、と思う機会が多いです。
自分が使っているのはエントリークラスのダイレクトドライブ機で、モーターが直接ターンテーブルを回すんですが、はじめて自分のステレオを買ってもらった70年代の終わりから80年代にかけては、日本のメーカーから出ている普及品の多くがこの形式を採用していました。
そういうわけで慣れ親しんだこの形式の音が一番心地よいのかもしれません。
マニアな方の中には、ベルトドライブの方が音がいい、という人も、どうしてもアイドラードライブでなければ、という方もいらっしゃって、親切にも音を聴かせてくださったりします。
僕にはそれらの音が「揺れている」気がして「苦手」なんですが、機器で音が違うという体験自体は面白いわけです。
それにあの揺れている感じが音楽の実体感になっていて、だからそれが「好き」なんだという感覚もちょっとわかる気がするんですよね。
コーヒーに話を戻せば、商売でやっていることだから、職人が好き嫌いでコーヒーを焼くわけにはいかないと思います。
お客さまの嗜好にあったものをご用意できるのが一番だと思う。
それでも、こんな言葉にもならない微妙な感覚が嗜好を決めてしまう世界なら、味を磨き込むにはやはり自分の一番好きな味を追求するしかないでしょう。
この店の場合なら、それがハウスブレンドの「ジリオブレンド」ということになります。
開店した頃は、エチオピアとタンザニアの二種等量配合だったのが、後に重心の低さが欲しくてパプア・ニューギニアのシグリAAという豆にたどり着き、その後も焙煎度の調整を繰り返し、10年かけて磨いてきたブレンドです。
普段はストレートコーヒーを選ばれるお客さまも、贈り物にするときには「ジリオブレンド」を選んでいただくことが多いです。
ああ、わかってくださってるんだな、とそういう時、とても嬉しい気持ちになります。
2017年4月2日日曜日
カフェジリオ10周年、10年分の経験でやっと新しいブレンドをひとつ作りました。
先月3月21日を持ちまして、カフェジリオも10周年となりました。
10年もやっていれば、それなりに学び、習得した技術もあり、この機に集大成っぽい何か新しいことはできないだろうか、と思い、となればそれは新しいブレンドを作ることしかないだろうと思い当たりました。
珈琲通を自認する人たちはストレートコーヒーを選びがちですが、結局そこで問題になるのは農園と焙煎度だけ。
料理に譬えれば、素材の味と温度と切り方で決まる刺し身を楽しむ態度です。
それはもちろん粋でカッコいい価値観ですが、ソースや様々なスパイス、加熱法などのマリアージュで新しい味の世界を作っていく、広大な料理の世界に背を向けることでもあります。
長いコーヒーの歴史の中で、広がっていった産地の数だけ香味があり、焙煎度を掛けあわせた無限の可能性の中から、新しいコーヒーの味を作っていくブレンドは、(コーヒーだけに)煎じ詰めて言えば、コーヒーを生業にするものの目的そのものであるとも言えます。
というわけですから、ブレンドというのものは、「さて、何か新しいブレンドでも作るか」と言って作るようなものではないのです。
まず何か新しく実現したい味があって、そこに向けて豆を選び焙煎度を調整して作るのでなければ、ただ混ぜてあって、他のコーヒーと味が違うものができるだけ。
そういうものを「自分の作品」としてお店に出して対価をいただくことには強い抵抗があります。
そしてその実現したい味のヒントは、やはりここ10年で出会ったコーヒー豆にあるはずです。
真っ先に頭に浮かんだのは、マラウイのゲイシャ種。
深く焼いても下品にならずに、コクだけが出てくる素性の良さに感心して使っていましたが、最もバランスが良くなるはずのフルシティ(中深煎り)のちょっと手前では強い酸味が残ってしまうため、他のアフリカ豆のような奥行きのある香味が作りにくい豆でした。
焙煎度の吟味に迷っているうちにパナマのエスメラルダ農園が、ゲイシャ種でカップ・オブ・エクセレンスを獲ってしまい、世界中の注目を浴びた「ゲイシャ」という品種。
それまで知る人ぞ知る存在だったマラウイのものまで市場から払底して、一時入手困難になってしまいましたが、世の常でブームはいつか去り、ようやく安定的に入手できるようになっていました。
この機にゲイシャをブレンドで補正して奥行きのある味を作りたい。
これが今回のブレンド作りのメインコンセプトとなりました。
では、その奥行作りのパートナーをどうするか、についてはすぐに思い浮かんだ豆がグァテマラで、苦味と酸味が時間差で出てくるこの豆の独特の味が、このきっとこの補正にはぴったりだろうと。
そしてここ10年でもうひとつ感心した「エルサルバドル」という豆が、グァテマラの隣国であることもすぐに思い付いたところで、これはジリオブレンドというハウスブレンドの基本コンセプトが、エチオピアとタンザニアの質の異なる酸味を掛けあわせて奥行きを得るという考え方によく似ています。
こうして、マラウイ、グァテマラ、エルサルバドルの三種等量配合を試してみたところ、なにしろかなりコクが深いゲイシャの後味にだけ酸味の奥行きをつけるというアクロバットなわけで、やはり焙煎度の調整が難しい。
一週間ほどお客様にも感想をお聞きしながら育てていきました。
名前は「マイルドブレンド」としました。
「マイルド」はコーヒーの世界では「水洗式」を示す符牒です。
コロンビア、ケニア、タンザニアの水洗式ですっきりした酸味を感じさせるコーヒーが欧米の市場で珍重され、ニューヨークの食品相場市場で「コロンビア・マイルド」という独立した区分名を持っています。
しかし今やマイルドの名にふさわしいコロンビアコーヒーは非常に希少で、生産効率の高い替わりに品質に劣る新しい品種への植え替えが進んでいます。
かつて世界で賞賛されたキレのある味を、この新しいブレンドに担って欲しいとの思いで名前を付けました。
10年のご愛顧のご恩返しに精一杯お作りしたつもりです。
新しいブレンドをよろしくお願い致します。
また、次の10年も精一杯精進し、また何か新しい価値を作り出せるよう心をこめてコーヒーを淹れてまいります。
併せてよろしくお願い申し上げます。
10年もやっていれば、それなりに学び、習得した技術もあり、この機に集大成っぽい何か新しいことはできないだろうか、と思い、となればそれは新しいブレンドを作ることしかないだろうと思い当たりました。
珈琲通を自認する人たちはストレートコーヒーを選びがちですが、結局そこで問題になるのは農園と焙煎度だけ。
料理に譬えれば、素材の味と温度と切り方で決まる刺し身を楽しむ態度です。
それはもちろん粋でカッコいい価値観ですが、ソースや様々なスパイス、加熱法などのマリアージュで新しい味の世界を作っていく、広大な料理の世界に背を向けることでもあります。
長いコーヒーの歴史の中で、広がっていった産地の数だけ香味があり、焙煎度を掛けあわせた無限の可能性の中から、新しいコーヒーの味を作っていくブレンドは、(コーヒーだけに)煎じ詰めて言えば、コーヒーを生業にするものの目的そのものであるとも言えます。
というわけですから、ブレンドというのものは、「さて、何か新しいブレンドでも作るか」と言って作るようなものではないのです。
まず何か新しく実現したい味があって、そこに向けて豆を選び焙煎度を調整して作るのでなければ、ただ混ぜてあって、他のコーヒーと味が違うものができるだけ。
そういうものを「自分の作品」としてお店に出して対価をいただくことには強い抵抗があります。
そしてその実現したい味のヒントは、やはりここ10年で出会ったコーヒー豆にあるはずです。
真っ先に頭に浮かんだのは、マラウイのゲイシャ種。
深く焼いても下品にならずに、コクだけが出てくる素性の良さに感心して使っていましたが、最もバランスが良くなるはずのフルシティ(中深煎り)のちょっと手前では強い酸味が残ってしまうため、他のアフリカ豆のような奥行きのある香味が作りにくい豆でした。
焙煎度の吟味に迷っているうちにパナマのエスメラルダ農園が、ゲイシャ種でカップ・オブ・エクセレンスを獲ってしまい、世界中の注目を浴びた「ゲイシャ」という品種。
それまで知る人ぞ知る存在だったマラウイのものまで市場から払底して、一時入手困難になってしまいましたが、世の常でブームはいつか去り、ようやく安定的に入手できるようになっていました。
この機にゲイシャをブレンドで補正して奥行きのある味を作りたい。
これが今回のブレンド作りのメインコンセプトとなりました。
では、その奥行作りのパートナーをどうするか、についてはすぐに思い浮かんだ豆がグァテマラで、苦味と酸味が時間差で出てくるこの豆の独特の味が、このきっとこの補正にはぴったりだろうと。
そしてここ10年でもうひとつ感心した「エルサルバドル」という豆が、グァテマラの隣国であることもすぐに思い付いたところで、これはジリオブレンドというハウスブレンドの基本コンセプトが、エチオピアとタンザニアの質の異なる酸味を掛けあわせて奥行きを得るという考え方によく似ています。
こうして、マラウイ、グァテマラ、エルサルバドルの三種等量配合を試してみたところ、なにしろかなりコクが深いゲイシャの後味にだけ酸味の奥行きをつけるというアクロバットなわけで、やはり焙煎度の調整が難しい。
一週間ほどお客様にも感想をお聞きしながら育てていきました。
名前は「マイルドブレンド」としました。
「マイルド」はコーヒーの世界では「水洗式」を示す符牒です。
コロンビア、ケニア、タンザニアの水洗式ですっきりした酸味を感じさせるコーヒーが欧米の市場で珍重され、ニューヨークの食品相場市場で「コロンビア・マイルド」という独立した区分名を持っています。
しかし今やマイルドの名にふさわしいコロンビアコーヒーは非常に希少で、生産効率の高い替わりに品質に劣る新しい品種への植え替えが進んでいます。
かつて世界で賞賛されたキレのある味を、この新しいブレンドに担って欲しいとの思いで名前を付けました。
10年のご愛顧のご恩返しに精一杯お作りしたつもりです。
新しいブレンドをよろしくお願い致します。
また、次の10年も精一杯精進し、また何か新しい価値を作り出せるよう心をこめてコーヒーを淹れてまいります。
併せてよろしくお願い申し上げます。
2017年2月20日月曜日
自宅用小型焙煎機はスマート家電化して普及するか
パナソニックが自宅用の小型焙煎機を発売するという。
「The Roast」というサーヴィスで、生豆の販売とセットになっている。
焙煎の際、豆に応じて変更しなくてはならない火力調整や煎り上げの時間を、スマートフォンに読み込ませた「プロファイル」という設定で行うらしい。
そういう仕様だから、自分で生豆を調達して焙煎することはできないようだ。
そうまでして囲い込んで販売する生豆は、年間契約で、200グラム×3種類の豆が月一回送られてきて5,500円。
100グラムあたり900円以上するから、これはあまりに高価だ。
ラインナップされているのは、1キロあたり1,000円強程度の、ごく一般的でどの豆屋でも扱っている豆なので、相応の付加価値が欲しいところだ。
焙煎機自体も10万円という高価なものである。
→Panasonicサイト「The Roast」
ここで考えられる付加価値とは、当然、煎りたての豆でコーヒーを淹れて飲むことが出来る、というものだろう。
確かに、コーヒーは生鮮食料品ではある。
焙煎によって生じた可溶成分は、日に10%ほど分解して目減りしていくので、早く飲むに越したことはないわけだ。
が、世の中にはすでにオンデマンド・コーヒーというものがあり、お店で生豆を選んでその場で焙煎してもらい持ち帰るというタイプの店がある。
こういうお店で焼いてもらった豆でコーヒーを飲んでいる方は、二日目のほうがよく味が出る、という経験をしたことがないだろうか。
原因については諸説あるが、個人的には焙煎直後に激しく発生する炭酸ガスが抽出効率を下げているのではないかと思っている。
ということは、2~3日のタイムラグについては考えなくてもいいということになる。
こう考えていくと、この商品が価格に見合うものとは僕にはどうしても思えないが、企業では市場があると見ているのだろう。
僕ら自家焙煎コーヒー店が、まだまだ充分なサーヴィスを顧客に提供できていない、ということなのかもしれない。
「The Roast」というサーヴィスで、生豆の販売とセットになっている。
焙煎の際、豆に応じて変更しなくてはならない火力調整や煎り上げの時間を、スマートフォンに読み込ませた「プロファイル」という設定で行うらしい。
そういう仕様だから、自分で生豆を調達して焙煎することはできないようだ。
そうまでして囲い込んで販売する生豆は、年間契約で、200グラム×3種類の豆が月一回送られてきて5,500円。
100グラムあたり900円以上するから、これはあまりに高価だ。
ラインナップされているのは、1キロあたり1,000円強程度の、ごく一般的でどの豆屋でも扱っている豆なので、相応の付加価値が欲しいところだ。
焙煎機自体も10万円という高価なものである。
→Panasonicサイト「The Roast」
ここで考えられる付加価値とは、当然、煎りたての豆でコーヒーを淹れて飲むことが出来る、というものだろう。
確かに、コーヒーは生鮮食料品ではある。
焙煎によって生じた可溶成分は、日に10%ほど分解して目減りしていくので、早く飲むに越したことはないわけだ。
が、世の中にはすでにオンデマンド・コーヒーというものがあり、お店で生豆を選んでその場で焙煎してもらい持ち帰るというタイプの店がある。
こういうお店で焼いてもらった豆でコーヒーを飲んでいる方は、二日目のほうがよく味が出る、という経験をしたことがないだろうか。
原因については諸説あるが、個人的には焙煎直後に激しく発生する炭酸ガスが抽出効率を下げているのではないかと思っている。
ということは、2~3日のタイムラグについては考えなくてもいいということになる。
こう考えていくと、この商品が価格に見合うものとは僕にはどうしても思えないが、企業では市場があると見ているのだろう。
僕ら自家焙煎コーヒー店が、まだまだ充分なサーヴィスを顧客に提供できていない、ということなのかもしれない。
2016年7月13日水曜日
幻のコーヒー「コピ・ルアック」を淹れてみたら・・・
幻のコーヒーと言われる「コピ・ルアック」については、度々取り上げているのですが、論旨がこんなだから、
→幻のコーヒー「コピ・ルアック」のこと:Cafe GIGLIO Blog
実際に入手するには至っておりませんでした。
で、今回お客様が「コピ・ルアック、お土産でもらったから飲んでみようよ!」と持ってきてくださったので、一緒に飲んでみました。
バルブ付きの袋に入っていました。
200グラムです。
ローストはミディアムと書いてあって、焼色は薄いですね。
さっそく淹れてみましたが、インドネシアからのお土産として買ったものなのでしょうから、当然鮮度は望めません。
思った通り、まるで膨らまないところをなんとか抽出して、持ってきてくださったお客様にお出しすると「酸っぱい!」と悲鳴が。
飲んでみたら本当に酸っぱかったです。
膨らまなかったところからみて、多少の酸化も疑えますが、焙煎の浅さが主要因と思われます。
しかしお客さんの評価は、
「コピ・ルアックって酸っぱいんだー」
と。
まあ、そうなりますよね。
おそらくマンデリンだって、この焙煎度なら多少は酸っぱくなるでしょうが、きっとここまでではないでしょうから、酸味系の豆と言って間違いではないでしょう。
しかし問題はそこではないのです。
このコピ・ルアックというコーヒーが幻のコーヒーと呼ばれるのは、森のグルメ、ジャコウネコがおいしいコーヒーチェリーだけを選んで食べるため、その糞から取り出されたコーヒーチェリーの種子=コーヒー生豆も高品質である、というところにあります。
また、消化のプロセスで独特の香りが、などという宣伝文句を聞いたことがありますが、そのどちらの要素も残念ながらこのコーヒー豆から感じることはできませんでした。
あまりにも残念な味で、納得がいきません。
このようなコーヒーが幻のコーヒーなどといって、世界中で珍重されるなどということがあるでしょうか。
もしかしたらこの焙煎度の豆で味の評価を下すのは、フェアでないかもしれない。
少量の再焙煎は、うちの5Kg釜では難しいのですが、何か方法を模索してみようかと今考えています。
※2016.7.20追記
結局、ハゼ音を頼りに5kg釜で追い焙煎してみました。
少量焙煎は現物が目視できないので、ちょっと追い込めなかったですが酸味は消すことができました。
抽出の時の膨らみも復活できたので、味の判別に足る焙煎度になったと思います。
味は、ちょうどうちで扱っている「パプアニューギニア・シグリAA」と同じような感じで、そういう意味ではブルマン系の味ということになりますね。
→幻のコーヒー「コピ・ルアック」のこと:Cafe GIGLIO Blog
実際に入手するには至っておりませんでした。
で、今回お客様が「コピ・ルアック、お土産でもらったから飲んでみようよ!」と持ってきてくださったので、一緒に飲んでみました。
バルブ付きの袋に入っていました。
200グラムです。
ローストはミディアムと書いてあって、焼色は薄いですね。
さっそく淹れてみましたが、インドネシアからのお土産として買ったものなのでしょうから、当然鮮度は望めません。
思った通り、まるで膨らまないところをなんとか抽出して、持ってきてくださったお客様にお出しすると「酸っぱい!」と悲鳴が。
飲んでみたら本当に酸っぱかったです。
膨らまなかったところからみて、多少の酸化も疑えますが、焙煎の浅さが主要因と思われます。
しかしお客さんの評価は、
「コピ・ルアックって酸っぱいんだー」
と。
まあ、そうなりますよね。
おそらくマンデリンだって、この焙煎度なら多少は酸っぱくなるでしょうが、きっとここまでではないでしょうから、酸味系の豆と言って間違いではないでしょう。
しかし問題はそこではないのです。
このコピ・ルアックというコーヒーが幻のコーヒーと呼ばれるのは、森のグルメ、ジャコウネコがおいしいコーヒーチェリーだけを選んで食べるため、その糞から取り出されたコーヒーチェリーの種子=コーヒー生豆も高品質である、というところにあります。
また、消化のプロセスで独特の香りが、などという宣伝文句を聞いたことがありますが、そのどちらの要素も残念ながらこのコーヒー豆から感じることはできませんでした。
あまりにも残念な味で、納得がいきません。
このようなコーヒーが幻のコーヒーなどといって、世界中で珍重されるなどということがあるでしょうか。
もしかしたらこの焙煎度の豆で味の評価を下すのは、フェアでないかもしれない。
少量の再焙煎は、うちの5Kg釜では難しいのですが、何か方法を模索してみようかと今考えています。
※2016.7.20追記
結局、ハゼ音を頼りに5kg釜で追い焙煎してみました。
少量焙煎は現物が目視できないので、ちょっと追い込めなかったですが酸味は消すことができました。
抽出の時の膨らみも復活できたので、味の判別に足る焙煎度になったと思います。
味は、ちょうどうちで扱っている「パプアニューギニア・シグリAA」と同じような感じで、そういう意味ではブルマン系の味ということになりますね。
2016年5月14日土曜日
ドリップバッグを淹れてみる
いつもお世話になりっぱなしの恩人から、不意に小包が届いた。
封を切ってみると、ドリップバッグが入っていた。
最近お気に入りのカフェのもので、研究材料にお使いください、と書いてあった。
せっかくの機会なので、ドリップバッグについて考察してみたい。
抽出原理を考えると、ドリップ(透過法)の名がついているが、明らかに浸漬法に分類されるものだ。
このドリップバッグの販売元は、そのことがよくわかっているようで、「2分間漬け込んでください」の注意書きにわざわざピンクのマーカーを引いてあった。
通常フレンチプレスタイプの浸漬法は4分間を標準とするが、ドリップバックは注湯の方法だけがドリップ式で、これに2分かかるため、浸漬時間を2分としたのだろう。
合理的だ。
内容量は8gとある。
こちらも標準的な浸漬法の一杯分の分量。基本に忠実だ。
さてこの「一杯分」という言葉が、ここでは最も注意を要する。
コーヒーの世界ではあくまでも一杯分は120ccが基本。
ドリップバッグは直接カップに抽出するため、120ccのカップを用意する必要がある。
これが我が家で使っている120CCカップ。
ジノリのホテルラインと呼ばれるもので、業務用に作られていて一般には入手しにくいものだが、シンプルでとてもいい。
これにセットしてみる。
蒸らしの指示があるが、KONO式の抽出に慣れている方はその限りではないだろう。慣れたドリップの方法そのままに注湯すればいいと思う。
静かにお湯を入れて、しばらく待つ。
最後にドリップバッグを抜くわけだから、少し多いかなと思うくらいまでお湯をいれておく。
封を切ってみると、ドリップバッグが入っていた。
最近お気に入りのカフェのもので、研究材料にお使いください、と書いてあった。
せっかくの機会なので、ドリップバッグについて考察してみたい。
抽出原理を考えると、ドリップ(透過法)の名がついているが、明らかに浸漬法に分類されるものだ。
このドリップバッグの販売元は、そのことがよくわかっているようで、「2分間漬け込んでください」の注意書きにわざわざピンクのマーカーを引いてあった。
通常フレンチプレスタイプの浸漬法は4分間を標準とするが、ドリップバックは注湯の方法だけがドリップ式で、これに2分かかるため、浸漬時間を2分としたのだろう。
合理的だ。
内容量は8gとある。
こちらも標準的な浸漬法の一杯分の分量。基本に忠実だ。
さてこの「一杯分」という言葉が、ここでは最も注意を要する。
コーヒーの世界ではあくまでも一杯分は120ccが基本。
ドリップバッグは直接カップに抽出するため、120ccのカップを用意する必要がある。
これが我が家で使っている120CCカップ。
ジノリのホテルラインと呼ばれるもので、業務用に作られていて一般には入手しにくいものだが、シンプルでとてもいい。
これにセットしてみる。
蒸らしの指示があるが、KONO式の抽出に慣れている方はその限りではないだろう。慣れたドリップの方法そのままに注湯すればいいと思う。
静かにお湯を入れて、しばらく待つ。
最後にドリップバッグを抜くわけだから、少し多いかなと思うくらいまでお湯をいれておく。
2分経ったら出来上がり。
このコーヒーには、浸漬法っぽさはない。
浸漬法を特徴付ける油っぽさはバッグの紙に吸収されるし、もちろん微粉もないのだから当然だ。
個人的にはやはり、たっぷり粉を使って、重力の力も借りて灰汁の混入を排除する透過法の味が好きだが、その透明感にはやや欠けると言わざるを得ないが、それがこの手軽さの代償ということなのだろう。
2016年5月9日月曜日
アイスのカフェ・オ・レはございません
本当に時々だが、カフェ・オ・レ、アイスで。と頼まれることがある。
普通の喫茶店では普通にあるメニューなんだと思うが、当店にはございません。
カフェ・オ・レを冷たくすることは出来ないからだ。
なんとなれば、一度温めた牛乳をまたアイスで急速に冷やすことで、とんでもなく不味い乳脂肪のカタマリを作ることになってしまうから。
だから普通、濃く作ったコーヒー液を冷たいままの牛乳に混ぜることになる。
これってアイスコーヒーに牛乳入れただけでしょ。
字義に反したネーミングで呼ばれる気持ち悪さもさることながら、一度濃く作ったコーヒー液を氷で(つまり薄める方向で)冷やして、それをほぼ等量の牛乳と混ぜて飲料を作るという、間に合わせの対症療法の気持ち悪さが、それをメニューに載せることを思いとどまらせる。
正しいか、正しくないかというのではなく、生理的に許せるかどうか、という問題なのかもしれない。
1990年代に「シュルツの」(ココ重要)スターバックスが、産業としての歪なコーヒーフレーバー飲料を世界に広めるまで、冷たいコーヒーは比較的合理的なカタチで世界中で提供されてきた。
ラテンヨーロッパ圏ではエスプレッソの温かいカップに氷入りのグラスが一緒に提供される。
ゲルマン系では、温かいコーヒーの上にアイスクリームを載せて供される。
アメリカでは普通のホットコーヒーを氷入りグラスに入れて作る。
材料としての冷たいコーヒー液が生産されるようになって、飲料の世界はヴァラエティは得たのかもしれない。
しかし引き換えに失ったものも大きいと思う。
普通の喫茶店では普通にあるメニューなんだと思うが、当店にはございません。
カフェ・オ・レを冷たくすることは出来ないからだ。
なんとなれば、一度温めた牛乳をまたアイスで急速に冷やすことで、とんでもなく不味い乳脂肪のカタマリを作ることになってしまうから。
だから普通、濃く作ったコーヒー液を冷たいままの牛乳に混ぜることになる。
これってアイスコーヒーに牛乳入れただけでしょ。
字義に反したネーミングで呼ばれる気持ち悪さもさることながら、一度濃く作ったコーヒー液を氷で(つまり薄める方向で)冷やして、それをほぼ等量の牛乳と混ぜて飲料を作るという、間に合わせの対症療法の気持ち悪さが、それをメニューに載せることを思いとどまらせる。
正しいか、正しくないかというのではなく、生理的に許せるかどうか、という問題なのかもしれない。
1990年代に「シュルツの」(ココ重要)スターバックスが、産業としての歪なコーヒーフレーバー飲料を世界に広めるまで、冷たいコーヒーは比較的合理的なカタチで世界中で提供されてきた。
ラテンヨーロッパ圏ではエスプレッソの温かいカップに氷入りのグラスが一緒に提供される。
ゲルマン系では、温かいコーヒーの上にアイスクリームを載せて供される。
アメリカでは普通のホットコーヒーを氷入りグラスに入れて作る。
材料としての冷たいコーヒー液が生産されるようになって、飲料の世界はヴァラエティは得たのかもしれない。
しかし引き換えに失ったものも大きいと思う。
2016年4月5日火曜日
その豆は「熟成」されているのか
今朝街を歩いていたらこんな看板に出会った。
ローソンの店頭に掲げられていた。
「ちゃんとつくったコーヒーはおいしい。」
真理ではないか。
別に他所様のコーヒーの宣伝をしてあげる必要もないが、サイトの説明がいまいちピンずれなので補足しておきたい。
実はけっこう他人事ではない。
ここでいう「ちゃんとつくった」のはローソンさんではなく、ブラジルのミナスジェライス州にあるイパネマ農園さんである。
つまり豆がいい、と言っている。
どういいのか、と言うと「熟成豆」だと言っている。
そして解説サイトでは、トゥーリャという木製貯蔵庫で15日間「熟成」させているから、この豆がうまい、と説明している。
が、すこし説明が不足しているように思う。
トゥーリャで寝かせているということは、天日乾燥をしていないということだ。
なぜ天日乾燥をしなくていいかというと、「樹上で完熟させているから」なのである。
この豆が「ちゃんとしている」ポイントはこの樹上完熟=Dry On Treeにある。
一般にコーヒー豆は、チェリーとして成熟した状態で収穫し、天日乾燥か水洗槽で実を剥ぐ。
樹上完熟の場合には、実が熟しきって完全に乾燥してしまうまで、枝についたままでいるため最後の最後まで養分が送られて、それが味に影響する。
しかしこの農法は管理が難しい上に、味覚上のメリットも決定的とはいえない差しか出てこない。
とは言え、管理が難しい故に「ちゃんと」作らなくてはいけないので、自然とバラつきのない製品が出来上がるのも事実で、昔からヨーロッパで高く評価されてきた農法だ。
つまり、まあ言ってしまえば、味のために採用したこの農法が、「ちゃんとしている」ことを要求する、というのが正確なところだ。
ややこしくてすまない。
僕がはじめてこの農法を知ったのは、日本から大規模農園を夢見てブラジルにわたった島野氏が設立した「トルマリンコーヒー」を導入したのがきっかけだった。
島野さんの農法の特徴がこのDry On Treeだったのである。
しかしその第一人者にしても広大な農園の全数を樹上完熟で作ることはできず、ほんの少量にとどまって、その分高価だったが、本当に美味しいコーヒーだった。
残念ながら今では、この農園も廃業されたと聞いた。
しかし、島野さんに樹上完熟農法を学んだ人は多くいたと聞く。
うちでもそのひとり、バウ農園の「フクダトミオ」を扱っている。
もちろんフクダトミオでもトゥーリャが使われていて、木製貯蔵庫で行われているのは、天日乾燥を行わない工程上の都合で、文字通りの熟成とは少し意味合いが違うが、樹上で完熟している効果か、味はやはり「まろやか」な印象がある。
「ちゃんとつくった」と一言でいってもこのくらいの背景がある。
大昔、缶コーヒーのCMで使われた「荒挽き、ネルドリップ」というキャッチコピーが、無条件に荒挽きの方が「こだわっている」的なイメージを撒き散らかしてしまったように、広告の言葉は不用意に使われて一人歩きした時に危険なので、今回は「熟成豆」という言葉に警鐘を鳴らしておきたかった、というのが本当のところだ。
ローソンの店頭に掲げられていた。
「ちゃんとつくったコーヒーはおいしい。」
真理ではないか。
別に他所様のコーヒーの宣伝をしてあげる必要もないが、サイトの説明がいまいちピンずれなので補足しておきたい。
実はけっこう他人事ではない。
ここでいう「ちゃんとつくった」のはローソンさんではなく、ブラジルのミナスジェライス州にあるイパネマ農園さんである。
つまり豆がいい、と言っている。
どういいのか、と言うと「熟成豆」だと言っている。
そして解説サイトでは、トゥーリャという木製貯蔵庫で15日間「熟成」させているから、この豆がうまい、と説明している。
が、すこし説明が不足しているように思う。
トゥーリャで寝かせているということは、天日乾燥をしていないということだ。
なぜ天日乾燥をしなくていいかというと、「樹上で完熟させているから」なのである。
この豆が「ちゃんとしている」ポイントはこの樹上完熟=Dry On Treeにある。
一般にコーヒー豆は、チェリーとして成熟した状態で収穫し、天日乾燥か水洗槽で実を剥ぐ。
樹上完熟の場合には、実が熟しきって完全に乾燥してしまうまで、枝についたままでいるため最後の最後まで養分が送られて、それが味に影響する。
しかしこの農法は管理が難しい上に、味覚上のメリットも決定的とはいえない差しか出てこない。
とは言え、管理が難しい故に「ちゃんと」作らなくてはいけないので、自然とバラつきのない製品が出来上がるのも事実で、昔からヨーロッパで高く評価されてきた農法だ。
つまり、まあ言ってしまえば、味のために採用したこの農法が、「ちゃんとしている」ことを要求する、というのが正確なところだ。
ややこしくてすまない。
僕がはじめてこの農法を知ったのは、日本から大規模農園を夢見てブラジルにわたった島野氏が設立した「トルマリンコーヒー」を導入したのがきっかけだった。
島野さんの農法の特徴がこのDry On Treeだったのである。
しかしその第一人者にしても広大な農園の全数を樹上完熟で作ることはできず、ほんの少量にとどまって、その分高価だったが、本当に美味しいコーヒーだった。
残念ながら今では、この農園も廃業されたと聞いた。
しかし、島野さんに樹上完熟農法を学んだ人は多くいたと聞く。
うちでもそのひとり、バウ農園の「フクダトミオ」を扱っている。
もちろんフクダトミオでもトゥーリャが使われていて、木製貯蔵庫で行われているのは、天日乾燥を行わない工程上の都合で、文字通りの熟成とは少し意味合いが違うが、樹上で完熟している効果か、味はやはり「まろやか」な印象がある。
「ちゃんとつくった」と一言でいってもこのくらいの背景がある。
大昔、缶コーヒーのCMで使われた「荒挽き、ネルドリップ」というキャッチコピーが、無条件に荒挽きの方が「こだわっている」的なイメージを撒き散らかしてしまったように、広告の言葉は不用意に使われて一人歩きした時に危険なので、今回は「熟成豆」という言葉に警鐘を鳴らしておきたかった、というのが本当のところだ。
2016年4月1日金曜日
深煎りコーヒーのカフェインは少ないか
深煎りの方がカフェインが少ないんですよね、とお客様に言われた。
結論から言えば、カフェインは、焙煎によって最も変化しにくい化学物質のひとつである。
店先で出来る話でもないので、ここで少し詳しく解説しておく。
加熱によって物質が「減少」するというのは、昇華から蒸発にかけての変化のことだが、カフェインの昇華温度は178度からで融点までいっても238度にしなくてはならない。
この熱には植物としての珈琲豆が耐えられない。
ミディアム・ロースト(浅煎り)の仕上がり190度前後から、フルシティの205度前後までの差でどれほどの昇華度の差があるか、という話である。
融点までの昇華量も数%というから、おそらく有意な差は見いだせないだろう。
その差よりも、間違いなくコーヒー豆の個体差の方が大きい。
カフェインは、コーヒーの苦味の中核を担う物質である。
焙煎度が深まるとコーヒーは苦くなるため、まず深煎りコーヒーはカフェインが増える、という噂が広まった。
ここまで読んでこられた方には、すぐお分かりになることだが、これは明らかに間違っている。
で、この間違いを正すために、むしろ加熱はカフェインを減らす傾向にあるという言説が語られはじめ、程度の問題を実証した人がいなかったので、深煎りはカフェインが少なくなる、という話になってしまったのである。
2007年に東京薬科大学の岡先生が実験をしてくださるまで、この「誤解」は続いた。
しかしこの真相は、カフェインの変化量はコーヒー豆の個体差に沈む、というわかりにくい、というかもっとはっきり言ってしまえば面白みのない結論であるため、人口に膾炙しないまま放置されている。
しかし本当の問題はそこではない。
なぜ、美味しいコーヒーを飲みたいはずの消費者が「カフェインの量」なんかを気にするのか、ということだ。
これはもちろん、近年とみに脚光を浴びているコーヒーの薬効性に鑑みてのことだろう。
コーヒー・ポリフェノール=クロロゲン酸がもたらす様々な薬効は、いちいちここでは取り上げないが、せっかくの健康飲料コーヒーに入っているという、鬼っ子の刺激物「カフェイン」をなるべく摂らないでおこうという発想なのだと思う。
健康機能があるとわかれば、よりそれを追求したくなるのが人情であって、なるべくクロロゲン酸を壊さない「浅煎り」スタイルが急速に市民権を得ているが、お客様の多くはコーヒーの好みを尋ねれば、たいてい「酸っぱいのはちょっと・・」というわけで、嫌いな味を我慢して薬効を飲むというのは本末転倒ではないだろうか。
ましてやコーヒーの味の本体であるカフェインを摂るまいとするのは。
美味しいコーヒーを毎日飲んで、ついでに健康にもいい。
これでいいのではないだろうか。
真剣に薬効を必要とするような状況ではコーヒーの味も楽しめないのだから。
結論から言えば、カフェインは、焙煎によって最も変化しにくい化学物質のひとつである。
店先で出来る話でもないので、ここで少し詳しく解説しておく。
加熱によって物質が「減少」するというのは、昇華から蒸発にかけての変化のことだが、カフェインの昇華温度は178度からで融点までいっても238度にしなくてはならない。
この熱には植物としての珈琲豆が耐えられない。
ミディアム・ロースト(浅煎り)の仕上がり190度前後から、フルシティの205度前後までの差でどれほどの昇華度の差があるか、という話である。
融点までの昇華量も数%というから、おそらく有意な差は見いだせないだろう。
その差よりも、間違いなくコーヒー豆の個体差の方が大きい。
カフェインは、コーヒーの苦味の中核を担う物質である。
焙煎度が深まるとコーヒーは苦くなるため、まず深煎りコーヒーはカフェインが増える、という噂が広まった。
ここまで読んでこられた方には、すぐお分かりになることだが、これは明らかに間違っている。
で、この間違いを正すために、むしろ加熱はカフェインを減らす傾向にあるという言説が語られはじめ、程度の問題を実証した人がいなかったので、深煎りはカフェインが少なくなる、という話になってしまったのである。
2007年に東京薬科大学の岡先生が実験をしてくださるまで、この「誤解」は続いた。
しかしこの真相は、カフェインの変化量はコーヒー豆の個体差に沈む、というわかりにくい、というかもっとはっきり言ってしまえば面白みのない結論であるため、人口に膾炙しないまま放置されている。
しかし本当の問題はそこではない。
なぜ、美味しいコーヒーを飲みたいはずの消費者が「カフェインの量」なんかを気にするのか、ということだ。
これはもちろん、近年とみに脚光を浴びているコーヒーの薬効性に鑑みてのことだろう。
コーヒー・ポリフェノール=クロロゲン酸がもたらす様々な薬効は、いちいちここでは取り上げないが、せっかくの健康飲料コーヒーに入っているという、鬼っ子の刺激物「カフェイン」をなるべく摂らないでおこうという発想なのだと思う。
健康機能があるとわかれば、よりそれを追求したくなるのが人情であって、なるべくクロロゲン酸を壊さない「浅煎り」スタイルが急速に市民権を得ているが、お客様の多くはコーヒーの好みを尋ねれば、たいてい「酸っぱいのはちょっと・・」というわけで、嫌いな味を我慢して薬効を飲むというのは本末転倒ではないだろうか。
ましてやコーヒーの味の本体であるカフェインを摂るまいとするのは。
美味しいコーヒーを毎日飲んで、ついでに健康にもいい。
これでいいのではないだろうか。
真剣に薬効を必要とするような状況ではコーヒーの味も楽しめないのだから。
2016年3月23日水曜日
粗挽きはやめておきなさい
開業前に一年かけてコーヒー修行をした。
市民講座やカルチャースクール、雑誌社主催のセミナーなどからはじめて、三つほど本格的な珈琲塾にも入塾して学んだ。
いろいろ学んだが、真理だなと思ったのは「そこに10人コーヒー屋がいれば、10通りのことを言う」という一言だ。
器具の優劣、湯の温度、焙煎機の方式やバルブの使い方など、多岐にわたって、本当にいろいろな意見と理由があるものだなと思った。
しかし、不思議と挽き目の細かさに関してだけは、どの先生も一貫して「中細挽き」を採用して、器具を変えても特に挽き目を変えることはなかった。
中細挽きとは、カリタの電動ミルでも、FUJIローヤルみるっこでもメモリを3.5にセットすればいい。
これを手動のミルでやろうとすると挽き目を毎回同じにするだけで大変だ。
電動ミルをお薦めする理由のひとつだ。
僕自身の約十年の経験で言うなら、挽き目を「中細挽き」に固定することには合理的なメリットがあると思う。
多くの同期生とコーヒーを学んで、同じ豆を同じように挽いて、同じ器具で淹れたコーヒーを嫌というほど飲み比べたが、本当に嫌になるくらい味が違う。
さらにその後先生の淹れたコーヒーを飲めば、これが本当に同じ飲み物なのかと思うくらいだ。
そして、ここまで同じ条件でコーヒーを淹れているのだから、違う箇所はドリップの手加減しかないはずなのだ。
だから、先生が淹れているのを凝視して、湯の細さ、タイミング、粉の状態変化などを研究した。
例えば、注滴の前にコーヒーの粉をなるべく平らに均しておくといったような「コツ」に類する部分はすぐに真似できる。
しかし、湯を注いだ後の粉の変化に対応して注湯部分を変えていくような「ワザ」はなかなか会得できない。
経験を積むしかないのだ。
そのような言語化さえも困難な「ワザ」が要求される局面では、なるべくその他の変数は無い方がいい。
おそらく粉の挽き目などは真っ先に固定しておくべきものだろう。
そして、手先が不器用で「劣等生」だった僕でも、中細挽きでならなんとかまともなコーヒーを淹れられるようになったのだ。
相当器用な人ならもしかして、粗挽きでも充分味を出せるのかもしれない。
しかし、そこに何の意味があるのだろう。
ドリップで美味しいコーヒーを淹れるには、少なくとも目玉焼きを美味しく焼く程度には「技術」が必要だと思う。その技術だけに集中するために変数は少ないほどいい。
「コツ」に類する部分は、科学的な根拠に沿ってなるべく固定するのがいいはずだ。
挽き目に関しては、中細挽きがいいと思う。
根拠に関しては、こちらの記事に一度まとめてある。
→Cafe GIGLIO Blog:「粗挽き、ネルドリップ」ってうまいのか
YouTubeなどにもコーヒーを趣味とする人たちが自分の抽出を動画にして上げているのをよく見かけるようになった。
そこでは驚くほど多くの人がドリップなのに「粗挽き」でコーヒーを淹れている。
「今日は粗挽きにして、すこしゆっくり目に淹れてみます」などと解説しながら淹れているのだ。
もう開始20秒くらいで粉が白くなって露出オーバー(写真の「露出」ではなく、コーヒー豆の味が出きってカスカスになった状態を個人的にそう呼んでいます)になっている。
それはそうだろう。
湯に漬け込んで抽出する「浸漬法」(=プレスやサイフォン)を使う時、この方式では灰汁が入ったまま仕上がるので、それを抑えるために粗挽きにするのであって、ドリップの味を変えるために採用する方法ではないのである。
それでも確かにそうすれば味が変わるのは事実であり、それを楽しむ趣味の範疇でやっていることなので、とやかくは言うまい。
しかし一般の人は、オーディオマニアよろしく音楽ではなく、音の変化を楽しむような趣味は無く、美味しいコーヒーの淹れ方を知りたいだけなのではないだろうか。
そんな時、人は器具のトリセツを読むはずで、しかし実際トリセツは読まれないのが常だ。
そう思って、改めてKONO式ドリッパーのトリセツを読んでみたが、書かれた時代が古いのか、当のKONO式珈琲塾で教わったことと違うことが書いてあったりするのだから、これはもうどうしようもない。
ミルの方のトリセツも読んでみたが、どんな器具ならどの挽き目という解説も書いていなかった。
ネットでは、わりと多くのユーザーが、みるっこの挽き目を「6」にセットしていると書いてあったが、これはかなりの粗挽きになる。
味は充分に出せているのだろうか。
うーむ。
トリセツはあてにならないようなので、とりあえず一言だけ申し上げておく。
粗挽きはやめておきなさい。
市民講座やカルチャースクール、雑誌社主催のセミナーなどからはじめて、三つほど本格的な珈琲塾にも入塾して学んだ。
いろいろ学んだが、真理だなと思ったのは「そこに10人コーヒー屋がいれば、10通りのことを言う」という一言だ。
器具の優劣、湯の温度、焙煎機の方式やバルブの使い方など、多岐にわたって、本当にいろいろな意見と理由があるものだなと思った。
しかし、不思議と挽き目の細かさに関してだけは、どの先生も一貫して「中細挽き」を採用して、器具を変えても特に挽き目を変えることはなかった。
中細挽きとは、カリタの電動ミルでも、FUJIローヤルみるっこでもメモリを3.5にセットすればいい。
これを手動のミルでやろうとすると挽き目を毎回同じにするだけで大変だ。
電動ミルをお薦めする理由のひとつだ。
フジローヤル
売り上げランキング: 166,404
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僕自身の約十年の経験で言うなら、挽き目を「中細挽き」に固定することには合理的なメリットがあると思う。
多くの同期生とコーヒーを学んで、同じ豆を同じように挽いて、同じ器具で淹れたコーヒーを嫌というほど飲み比べたが、本当に嫌になるくらい味が違う。
さらにその後先生の淹れたコーヒーを飲めば、これが本当に同じ飲み物なのかと思うくらいだ。
そして、ここまで同じ条件でコーヒーを淹れているのだから、違う箇所はドリップの手加減しかないはずなのだ。
だから、先生が淹れているのを凝視して、湯の細さ、タイミング、粉の状態変化などを研究した。
例えば、注滴の前にコーヒーの粉をなるべく平らに均しておくといったような「コツ」に類する部分はすぐに真似できる。
しかし、湯を注いだ後の粉の変化に対応して注湯部分を変えていくような「ワザ」はなかなか会得できない。
経験を積むしかないのだ。
そのような言語化さえも困難な「ワザ」が要求される局面では、なるべくその他の変数は無い方がいい。
おそらく粉の挽き目などは真っ先に固定しておくべきものだろう。
そして、手先が不器用で「劣等生」だった僕でも、中細挽きでならなんとかまともなコーヒーを淹れられるようになったのだ。
相当器用な人ならもしかして、粗挽きでも充分味を出せるのかもしれない。
しかし、そこに何の意味があるのだろう。
ドリップで美味しいコーヒーを淹れるには、少なくとも目玉焼きを美味しく焼く程度には「技術」が必要だと思う。その技術だけに集中するために変数は少ないほどいい。
「コツ」に類する部分は、科学的な根拠に沿ってなるべく固定するのがいいはずだ。
挽き目に関しては、中細挽きがいいと思う。
根拠に関しては、こちらの記事に一度まとめてある。
→Cafe GIGLIO Blog:「粗挽き、ネルドリップ」ってうまいのか
YouTubeなどにもコーヒーを趣味とする人たちが自分の抽出を動画にして上げているのをよく見かけるようになった。
そこでは驚くほど多くの人がドリップなのに「粗挽き」でコーヒーを淹れている。
「今日は粗挽きにして、すこしゆっくり目に淹れてみます」などと解説しながら淹れているのだ。
もう開始20秒くらいで粉が白くなって露出オーバー(写真の「露出」ではなく、コーヒー豆の味が出きってカスカスになった状態を個人的にそう呼んでいます)になっている。
それはそうだろう。
湯に漬け込んで抽出する「浸漬法」(=プレスやサイフォン)を使う時、この方式では灰汁が入ったまま仕上がるので、それを抑えるために粗挽きにするのであって、ドリップの味を変えるために採用する方法ではないのである。
それでも確かにそうすれば味が変わるのは事実であり、それを楽しむ趣味の範疇でやっていることなので、とやかくは言うまい。
しかし一般の人は、オーディオマニアよろしく音楽ではなく、音の変化を楽しむような趣味は無く、美味しいコーヒーの淹れ方を知りたいだけなのではないだろうか。
そんな時、人は器具のトリセツを読むはずで、しかし実際トリセツは読まれないのが常だ。
そう思って、改めてKONO式ドリッパーのトリセツを読んでみたが、書かれた時代が古いのか、当のKONO式珈琲塾で教わったことと違うことが書いてあったりするのだから、これはもうどうしようもない。
ミルの方のトリセツも読んでみたが、どんな器具ならどの挽き目という解説も書いていなかった。
ネットでは、わりと多くのユーザーが、みるっこの挽き目を「6」にセットしていると書いてあったが、これはかなりの粗挽きになる。
味は充分に出せているのだろうか。
うーむ。
トリセツはあてにならないようなので、とりあえず一言だけ申し上げておく。
粗挽きはやめておきなさい。
2016年3月20日日曜日
サードウェーブとスペシャルティコーヒーの混同
昨日届いた夕刊を見て、間違って古新聞が配達されたのではないかと思った。
一面に、コーヒーに「第3の波」とあったからだ。
もちろん第3の波=サードウェーブは、今到来したものではない。
米国発のサードウェーブ・コーヒーの到来はブルーボトルコーヒーの日本上陸と定義していい。
最初にその意義も含め詳細にレポートされたのは2014年7月のWIREDだろう。
コンデナスト・ジャパン (2014-06-10)
本ブログでも記事で取り上げている。
→「コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理」
サードウェーブという言葉そのものは、もちろんアルビン・トフラーの主著「第三の波」からの引用で、これは農業(新石器)革命、産業革命に続く情報革命の到来を予見した大ベストセラーである。
米国のコーヒー界に起きた歴史的革命を、ボストン茶会事件(アメリカン・コーヒーの発祥)、スターバックスによる深煎りコーヒーの爆発的普及を経て、自家焙煎&ハンドドリップの高品質コーヒー時代の到来になぞらえているわけだが、実に上手にトフラー歴史観のニュアンスを掴まえていると思う。
折角の機会なので、少し詳しく解説しておく。
ボストン茶会事件(ボストンちゃかいじけん、英: Boston Tea Party)は、1773年12月16日に、マサチューセッツ植民地(現アメリカ合衆国マサチューセッツ州)のボストンで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が港に停泊中の貨物輸送船に侵入し、イギリス東インド会社の船荷である紅茶箱を海に投棄した事件で、アメリカ独立革命の象徴的事件の一つである、とwikipadiaに書いてある。
当然のことながらこの事件の後、茶は民衆の飲み物としては入手しにくい状況になった。
代替え品として、「浅く焙煎して」茶に味を似せたコーヒーが飲まれるようになり、これがアメリカン・コーヒーの起源であり、 爆発的に消費量が増えたきっかけなのである。
このことがブラジルをはじめとする南米系の大産地を育てることになるのだから、まさに始原的革命なのだ。
しかしあくまでも茶の代替え品として焙煎されているわけだから、コーヒーとしての味は十全に引き出されてはいない。
ここに疑問を持ったのがアルフレッド・ピートという男で、子供時代住んでいたオランダで親しんだ深煎りコーヒーをアメリカでも楽しめるようにすべきだと考え、1960年代からコーヒー焙煎の仕事を始め、1966年に独立店舗としてピーツ・コーヒー&ティーをバークレーに開店した。ピーツの深煎りコーヒーは人々の心を囚え、70年代、店には長蛇の列ができるようになったが、その中にスターバックスを開業する三人がいた。
ピートに焙煎を手ほどきしてもらい開業したスターバックスは、80年代にジョインしたハワード・シュルツによってエスプレッソ中心のラインナップへの変更を提案されるも、これを拒否。あくまでも深煎り焙煎の豆売店という基本路線を貫いた。
しかし、シュルツは退社してイル・ジョルナーレを開業。エスプレッソのテイクアウトで大成功し、その資金でなんと古巣スターバックスを買収してしまう。
その後、茶の代替え品でしかなかった米国のコーヒーに本来の味を取り戻し、圧倒的に洗練されたオペレーションで展開された店舗はあっという間に全米を席巻し、その嵐は世界をも巻き込んだ。
産業革命の成立経緯を考え合わせると、そのアナロジーの見事さに感心する。まさにコーヒーの産業革命ではないか。
そして、ブルーボトルコーヒーの登場である。
サンフランシスコの小さなカフェでひたすら焙煎の実験を繰り返し、美味しい珈琲を追求していたジェームス・フリーマンの作る珈琲のモデルとなっているのは、「黒船」スターバックスの上陸以来淘汰され続けた日本の喫茶店の中から、焙煎と抽出の科学(経験ではなく)を背景に出てきた新世代のコーヒー技術者たちだ。
ブルーボトルコーヒーが世界から注目されている理由は、ブライアン・ミーハンというマネージャーがアップルを始めとする テック系出身の大物投資家を口説いて出資させているというニュースバリューにもあるが、この「理詰めの」コーヒーは、そのようなシステムとも親和性が高い。
まさに、トフラーのいう情報革命という「現象」によく似た構造を持っている。
だから、北海道新聞が指摘する「現象」は、ジェームス・フリーマンが逆輸入した日本の科学的コーヒーによる「再評価」と言っていいだろう。
しかし新聞で解説されていたサードウェーブは、スペシャルティコーヒーの定義そのもので、このコンセプトは少し出自が異なるものなのである。
スペシャルティコーヒー(=Specialty Coffee)という言葉は、1978年にフランスのコーヒー国際会議で、米国のロースターによって提唱されたもので、産地の違い(土壌、気温、湿度、標高など)が、コーヒーの味の差である、という産地重視のコーヒー産業界の再構築を目的にしていて、ワインという偉大な先行産業を視野に入れた提言と思われる。
この後、世界各国でスペシャルティコーヒー協会が設立されオークション・システムなどが確立していった。
現代の高品質コーヒーはこの流れから出てきたものだから、サードウェーブと無関係とはいえないが、スペシャルティコーヒー=サードウェーブという考え方には少し無理があると思う。
コーヒーという作物は、世界を覆う「格差」という、コロニアリズムの負の遺産を象徴していて、ゆっくりとだが改善に向かいつつも、大資本によるコーヒー市場の独占という新しい問題にも晒されている。サードウェーブはこのような経済効率一辺倒の社会に一矢報いる新しい動きでもある。
この記事が「一杯千円でも人気」と結ばれては、コーヒー産業再構築の流れを担うサードウェーブも起こし損ではないか、と心配になってしまう。
一面に、コーヒーに「第3の波」とあったからだ。
もちろん第3の波=サードウェーブは、今到来したものではない。
米国発のサードウェーブ・コーヒーの到来はブルーボトルコーヒーの日本上陸と定義していい。
最初にその意義も含め詳細にレポートされたのは2014年7月のWIREDだろう。
コンデナスト・ジャパン (2014-06-10)
本ブログでも記事で取り上げている。
→「コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理」
サードウェーブという言葉そのものは、もちろんアルビン・トフラーの主著「第三の波」からの引用で、これは農業(新石器)革命、産業革命に続く情報革命の到来を予見した大ベストセラーである。
米国のコーヒー界に起きた歴史的革命を、ボストン茶会事件(アメリカン・コーヒーの発祥)、スターバックスによる深煎りコーヒーの爆発的普及を経て、自家焙煎&ハンドドリップの高品質コーヒー時代の到来になぞらえているわけだが、実に上手にトフラー歴史観のニュアンスを掴まえていると思う。
折角の機会なので、少し詳しく解説しておく。
ボストン茶会事件(ボストンちゃかいじけん、英: Boston Tea Party)は、1773年12月16日に、マサチューセッツ植民地(現アメリカ合衆国マサチューセッツ州)のボストンで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が港に停泊中の貨物輸送船に侵入し、イギリス東インド会社の船荷である紅茶箱を海に投棄した事件で、アメリカ独立革命の象徴的事件の一つである、とwikipadiaに書いてある。
当然のことながらこの事件の後、茶は民衆の飲み物としては入手しにくい状況になった。
代替え品として、「浅く焙煎して」茶に味を似せたコーヒーが飲まれるようになり、これがアメリカン・コーヒーの起源であり、 爆発的に消費量が増えたきっかけなのである。
このことがブラジルをはじめとする南米系の大産地を育てることになるのだから、まさに始原的革命なのだ。
しかしあくまでも茶の代替え品として焙煎されているわけだから、コーヒーとしての味は十全に引き出されてはいない。
ここに疑問を持ったのがアルフレッド・ピートという男で、子供時代住んでいたオランダで親しんだ深煎りコーヒーをアメリカでも楽しめるようにすべきだと考え、1960年代からコーヒー焙煎の仕事を始め、1966年に独立店舗としてピーツ・コーヒー&ティーをバークレーに開店した。ピーツの深煎りコーヒーは人々の心を囚え、70年代、店には長蛇の列ができるようになったが、その中にスターバックスを開業する三人がいた。
ピートに焙煎を手ほどきしてもらい開業したスターバックスは、80年代にジョインしたハワード・シュルツによってエスプレッソ中心のラインナップへの変更を提案されるも、これを拒否。あくまでも深煎り焙煎の豆売店という基本路線を貫いた。
しかし、シュルツは退社してイル・ジョルナーレを開業。エスプレッソのテイクアウトで大成功し、その資金でなんと古巣スターバックスを買収してしまう。
その後、茶の代替え品でしかなかった米国のコーヒーに本来の味を取り戻し、圧倒的に洗練されたオペレーションで展開された店舗はあっという間に全米を席巻し、その嵐は世界をも巻き込んだ。
産業革命の成立経緯を考え合わせると、そのアナロジーの見事さに感心する。まさにコーヒーの産業革命ではないか。
そして、ブルーボトルコーヒーの登場である。
サンフランシスコの小さなカフェでひたすら焙煎の実験を繰り返し、美味しい珈琲を追求していたジェームス・フリーマンの作る珈琲のモデルとなっているのは、「黒船」スターバックスの上陸以来淘汰され続けた日本の喫茶店の中から、焙煎と抽出の科学(経験ではなく)を背景に出てきた新世代のコーヒー技術者たちだ。
ブルーボトルコーヒーが世界から注目されている理由は、ブライアン・ミーハンというマネージャーがアップルを始めとする テック系出身の大物投資家を口説いて出資させているというニュースバリューにもあるが、この「理詰めの」コーヒーは、そのようなシステムとも親和性が高い。
まさに、トフラーのいう情報革命という「現象」によく似た構造を持っている。
だから、北海道新聞が指摘する「現象」は、ジェームス・フリーマンが逆輸入した日本の科学的コーヒーによる「再評価」と言っていいだろう。
しかし新聞で解説されていたサードウェーブは、スペシャルティコーヒーの定義そのもので、このコンセプトは少し出自が異なるものなのである。
スペシャルティコーヒー(=Specialty Coffee)という言葉は、1978年にフランスのコーヒー国際会議で、米国のロースターによって提唱されたもので、産地の違い(土壌、気温、湿度、標高など)が、コーヒーの味の差である、という産地重視のコーヒー産業界の再構築を目的にしていて、ワインという偉大な先行産業を視野に入れた提言と思われる。
この後、世界各国でスペシャルティコーヒー協会が設立されオークション・システムなどが確立していった。
現代の高品質コーヒーはこの流れから出てきたものだから、サードウェーブと無関係とはいえないが、スペシャルティコーヒー=サードウェーブという考え方には少し無理があると思う。
コーヒーという作物は、世界を覆う「格差」という、コロニアリズムの負の遺産を象徴していて、ゆっくりとだが改善に向かいつつも、大資本によるコーヒー市場の独占という新しい問題にも晒されている。サードウェーブはこのような経済効率一辺倒の社会に一矢報いる新しい動きでもある。
この記事が「一杯千円でも人気」と結ばれては、コーヒー産業再構築の流れを担うサードウェーブも起こし損ではないか、と心配になってしまう。
2016年3月19日土曜日
ミルをFUJIローヤルのみるっこDXに変更しました
先日、開店以来使ってきたカリタのコーヒーミル「ナイスカットミル」が壊れた。
モーターが焼き付いたようだ。
まる9年も毎日、この店で提供するほぼすべてのコーヒーを挽いてきたのだ。
お疲れ様でした。
しかし間の悪いことに、ナイスカットミルは廃番になることが発表されたばかりで、市場は在庫薄。
また、次期商品を開発中とのことで、そちらを待ちたい気もする。
先日発表されたばかりのナイスカットミルNEXT-Gもめっちゃ気になる。
とりあえず、10年前にKONO式珈琲塾を卒業した記念に買った、KONO特別仕様の富士珈機製「みるっこDXーR220」を使うことにした。
KONOのコーポレートカラー(というより社長の趣味)のイエローボディに、横っ腹にはKONOのロゴが入っている。
河野社長がカスタマイズした特性の臼刃がついているのがウリだったが、今は標準で選べるようになったようだ。
おまけに、堀口珈琲工房や、日本カフェブームの立役者、鎌倉の「ヴィヴモン・ディモンシュ」が、同じオフホワイトの特注カラーなんかを出していて(現在は品切れ中みたい)、なんかそっちの方がカッコいいじゃないか。
ま、でもやっぱこのエンジのがスタンダードでいいみたい。
強力で、回転の安定したモーターが入っていて挽き目が揃う優秀機なのだが、ひとつ大きな欠点がある。それがこの粉受け。
樹脂製で、盛大に静電気を発生する。
容器内に粉がびっしり貼り付いて落ちてこない。
これでは、客数をこなすことができない。
このミルは業務用を視野に入れてはいるが、もともと一杯分ずつ挽くことを想定していないのである。
それはこのカタログ写真を見ればわかる。
買ってきた豆を一度に全部挽いてしまうように、蓋ごと取れる容量の大きな粉受けと、大量の豆を素早く挽ける高速で強力なモーターを備えているのである。
しかし、現代のコーヒー店でこのような挽き方は考えられない。
一回分ずつ挽くために、このようなステンレス製のカップを使っている人が多いと思う。
これは、DULTONという会社のステンレス製マグカップで、KONO式珈琲塾を卒業した後にお世話になった堀口珈琲工房の教室で使っているのを見かけて買った。
開店した2007年当時、多くの喫茶店でこれを使っているのを見かけた。
カリタのナイスカットミルに高さがぴったりなのだ。
あまりにみんな使っているからだろう、ナイスカットミルのシルバー版が出た時には同様のステンレスカップに仕様変更された。
ところが、みるっこDXにはちょっと高さが足りない。
しかも超強力なモーターの風圧で粉が飛んでしまう。
粉を受けるときは、このようにカップを持ち上げて迎えにいかなくてはならない。
で、やっぱり強力なモーターの恩恵と引き換えに、静電気はやはり発生してステンレスでも粉はくっつきます。
淹れる時は、カップをよく叩いて、振って、粉をふるい落としてからフィルターに移しましょう。
モーターが焼き付いたようだ。
まる9年も毎日、この店で提供するほぼすべてのコーヒーを挽いてきたのだ。
お疲れ様でした。
しかし間の悪いことに、ナイスカットミルは廃番になることが発表されたばかりで、市場は在庫薄。
また、次期商品を開発中とのことで、そちらを待ちたい気もする。
先日発表されたばかりのナイスカットミルNEXT-Gもめっちゃ気になる。
とりあえず、10年前にKONO式珈琲塾を卒業した記念に買った、KONO特別仕様の富士珈機製「みるっこDXーR220」を使うことにした。
KONOのコーポレートカラー(というより社長の趣味)のイエローボディに、横っ腹にはKONOのロゴが入っている。
河野社長がカスタマイズした特性の臼刃がついているのがウリだったが、今は標準で選べるようになったようだ。
おまけに、堀口珈琲工房や、日本カフェブームの立役者、鎌倉の「ヴィヴモン・ディモンシュ」が、同じオフホワイトの特注カラーなんかを出していて(現在は品切れ中みたい)、なんかそっちの方がカッコいいじゃないか。
ま、でもやっぱこのエンジのがスタンダードでいいみたい。
フジローヤル
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強力で、回転の安定したモーターが入っていて挽き目が揃う優秀機なのだが、ひとつ大きな欠点がある。それがこの粉受け。
樹脂製で、盛大に静電気を発生する。
容器内に粉がびっしり貼り付いて落ちてこない。
これでは、客数をこなすことができない。
このミルは業務用を視野に入れてはいるが、もともと一杯分ずつ挽くことを想定していないのである。
それはこのカタログ写真を見ればわかる。
買ってきた豆を一度に全部挽いてしまうように、蓋ごと取れる容量の大きな粉受けと、大量の豆を素早く挽ける高速で強力なモーターを備えているのである。
しかし、現代のコーヒー店でこのような挽き方は考えられない。
一回分ずつ挽くために、このようなステンレス製のカップを使っている人が多いと思う。
これは、DULTONという会社のステンレス製マグカップで、KONO式珈琲塾を卒業した後にお世話になった堀口珈琲工房の教室で使っているのを見かけて買った。
開店した2007年当時、多くの喫茶店でこれを使っているのを見かけた。
カリタのナイスカットミルに高さがぴったりなのだ。
あまりにみんな使っているからだろう、ナイスカットミルのシルバー版が出た時には同様のステンレスカップに仕様変更された。
ところが、みるっこDXにはちょっと高さが足りない。
しかも超強力なモーターの風圧で粉が飛んでしまう。
粉を受けるときは、このようにカップを持ち上げて迎えにいかなくてはならない。
で、やっぱり強力なモーターの恩恵と引き換えに、静電気はやはり発生してステンレスでも粉はくっつきます。
淹れる時は、カップをよく叩いて、振って、粉をふるい落としてからフィルターに移しましょう。
2016年3月17日木曜日
コーヒー豆ってひとり分何グラムですか、の誤解。
コーヒー豆を買いに来たお客様の質問で、意外と多いのは
「ひとり分って何グラムですか」
というものだ。
この質問の答えはシンプルで、
「それは器具によって違います」
というものだが、これでお客様の知りたいことにすべて答えたことにはならない。
この質問には、一般の人がコーヒーの抽出に対して知らずに抱えている誤解をいくつも内包していて、 その意味では、コーヒーの抽出の根幹に関わる重要な質問であるともいえる。
まず、前提として
「ではひとり分って何ccのことですか」
という質問を返さなくてはならない。
すると、それは使うカップによって違うでしょう?と思われるかもしれない。
まずここに誤解の第一歩がある。
器具の説明書で言うひとり分は「120cc」のことである。
説明書にそれは明示されていないが、どのメーカーのコーヒーサーバーも杯数のメモリは120ccをベースにしている。
しかし今どきそんな少量でコーヒーを飲む人は滅多にいないだろう。
だからもし、ひとり分は何グラムですよと答えたとすると、 かなりの方が、120cc分の粉で、200ccから220ccくらいのコーヒーを淹れてしまうことになるだろう。
一度ぜひ自分が普段何ccのカップでコーヒーを飲んでいるのかを調べてみるといいと思う。
さらに、豆売り店でレギュラーコーヒーを買う人の多くがペーパードリップを使っていると思うが、一般的なメリタ・カリタ・KONO・ハリオでは、「ひとり分」のコーヒーを淹れることが出来ない、という事実がある。
ひとり分、という言葉が生み出す誤解がここにもある。
ドリップ式は透過法に分類される抽出法だが、これは「重力」の作用で生じる、お湯が下に向かっていく力を利用して、コーヒー豆の中に焼成された可溶成分をこそげ落として抽出する方法なのである。
したがって、重要なのは湯が通り落ちていく「道の長さ」である。
当然それはフィルタの中に入れた粉の「容積」に比例する。
それがひとり分ではどうにも充分にならないのである。
だから、ペーパードリップを使う際には、必ず「ふたり分から」で淹れて欲しい。
これも器具の説明書に書かれていないポイントである。
また、道の長さは容積に比例する、とは言ったが、舟型のメリタ・カリタと円すいのKONO・ハリオではその比例の具合が違う。
また、メリタは最下部に「溜まり」があり、浸漬法の要素を残している。
そのような事情で、メリタは「ひとり分」8gで、カリタは10g、KONO・ハリオは12gと必要量が異なっているのだ。
くれぐれも器具についてきたスクープ(計量スプーンのこと)を使って欲しい所以である。
ただしドリップの場合は、経験上、量が少ない場合には物足りないコーヒーが出来るが、量が多い分には不都合がないようだ。
あんまり粉が多くなれば器具からあふれてしまいいい抽出が出来ないだろうから、加減は必要だが「少し多めに」粉を使うというのは有効なコツだと思う。
反面、浸漬法はこのコツを適用できない。
浸漬法とは、フレンチプレスとサイフォンのことで、トルココーヒーもこれにあたるが、家でトルココーヒーを淹れる人はいないだろう。
これらの器具では正確に分量を守る必要がある。
時間的にも4分ほど漬け込んでおくフレンチプレスや、短時間だが百度の湯で粉を煮立てるサイフォンでは、粉の分量が味に影響しやすいのである。
「ひとり分って何グラムですか」
というものだ。
この質問の答えはシンプルで、
「それは器具によって違います」
というものだが、これでお客様の知りたいことにすべて答えたことにはならない。
この質問には、一般の人がコーヒーの抽出に対して知らずに抱えている誤解をいくつも内包していて、 その意味では、コーヒーの抽出の根幹に関わる重要な質問であるともいえる。
まず、前提として
「ではひとり分って何ccのことですか」
という質問を返さなくてはならない。
すると、それは使うカップによって違うでしょう?と思われるかもしれない。
まずここに誤解の第一歩がある。
器具の説明書で言うひとり分は「120cc」のことである。
説明書にそれは明示されていないが、どのメーカーのコーヒーサーバーも杯数のメモリは120ccをベースにしている。
しかし今どきそんな少量でコーヒーを飲む人は滅多にいないだろう。
だからもし、ひとり分は何グラムですよと答えたとすると、 かなりの方が、120cc分の粉で、200ccから220ccくらいのコーヒーを淹れてしまうことになるだろう。
一度ぜひ自分が普段何ccのカップでコーヒーを飲んでいるのかを調べてみるといいと思う。
さらに、豆売り店でレギュラーコーヒーを買う人の多くがペーパードリップを使っていると思うが、一般的なメリタ・カリタ・KONO・ハリオでは、「ひとり分」のコーヒーを淹れることが出来ない、という事実がある。
ひとり分、という言葉が生み出す誤解がここにもある。
ドリップ式は透過法に分類される抽出法だが、これは「重力」の作用で生じる、お湯が下に向かっていく力を利用して、コーヒー豆の中に焼成された可溶成分をこそげ落として抽出する方法なのである。
したがって、重要なのは湯が通り落ちていく「道の長さ」である。
当然それはフィルタの中に入れた粉の「容積」に比例する。
それがひとり分ではどうにも充分にならないのである。
だから、ペーパードリップを使う際には、必ず「ふたり分から」で淹れて欲しい。
これも器具の説明書に書かれていないポイントである。
また、道の長さは容積に比例する、とは言ったが、舟型のメリタ・カリタと円すいのKONO・ハリオではその比例の具合が違う。
また、メリタは最下部に「溜まり」があり、浸漬法の要素を残している。
そのような事情で、メリタは「ひとり分」8gで、カリタは10g、KONO・ハリオは12gと必要量が異なっているのだ。
くれぐれも器具についてきたスクープ(計量スプーンのこと)を使って欲しい所以である。
ただしドリップの場合は、経験上、量が少ない場合には物足りないコーヒーが出来るが、量が多い分には不都合がないようだ。
あんまり粉が多くなれば器具からあふれてしまいいい抽出が出来ないだろうから、加減は必要だが「少し多めに」粉を使うというのは有効なコツだと思う。
反面、浸漬法はこのコツを適用できない。
浸漬法とは、フレンチプレスとサイフォンのことで、トルココーヒーもこれにあたるが、家でトルココーヒーを淹れる人はいないだろう。
これらの器具では正確に分量を守る必要がある。
時間的にも4分ほど漬け込んでおくフレンチプレスや、短時間だが百度の湯で粉を煮立てるサイフォンでは、粉の分量が味に影響しやすいのである。
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