2013年8月15日木曜日

有機農法の珈琲は美味しいか

珈琲の自家焙煎店をやっていると、「有機栽培のコーヒーしか飲みません」というお客さんにお会いすることがある。
そこまで極端でなくても、たまたま仕入れた有機のマンデリンを販売していた頃には、やはり有機であるというだけで通常の栽培法よりも高品質であると感じるお客さんが多いようだった。


確かに高価格ではある。

工場で簡単に(製造や精製ではなく)固定できる窒素を、豆類を栽培して土に鋤きこむことで補充したり、化学的に合成できるリンやカリウムを、わざわざ魚を捕ってきて抽出したりするのだから、当然コストが嵩む。

害虫や病気に対しても化学物質を使わないため人手がかかったり、他の生物の力を借りたりするが、やはり生産能率は低い。

それだけではなく、「有機栽培」であるという認定をもらうのに、各種団体にいろいろな名目の料金を払わなくてはならない。

嵩んだコストは当然、料金に反映され、有機の豆は全般に少し高めだと思う。
もちろん中には、そのコストに見合う美味しい豆もある。
しかしそうでないものもある。

あくまでも味で豆を吟味して今年で7年目になるが、現在のラインナップには有機の豆はひとつも入っていない。
こと珈琲に関しては「有機だから」美味しいということはないようだ。

さらにここまで読んでお気づきになった方も多いと思うが、通常の農業の何倍も環境にかける負担が大きい農法でもある。
ある試算では、地球上のすべての農法を有機農法に切り替えると、ほどなく地球のすべての水産資源と森林資源を使い尽くしてしまうそうだ。

化学的なプロセスを使って固定した空気中の窒素を畑に鋤き込むのを拒否して、トロール網で捕らえた魚を砕いて鋤き込むのはいいとする有機農法の考え方にもある種の欺瞞を感じる。
物事にはいろんな側面がある。


夏になると、ケーキのメニューにベリー類を使ったタルトをお出しする。
このベリーには、余市の稲船ファームというところでお作りになっている有機農法のものを使っている。
ケーキにベリーを使うということは「甘い」食材と組み合わせて使うのが前提なので、ワイルドで強い風味を持つ有機農法のベリーがいい。
ちょっと稲船ファームの写真を見て欲しい。


もう、自然そのものでしょう。
虫のことや収穫などには大変なご苦労をされて、それでも自然に近い環境の中で厳しく育ったベリーの身(実)の裡にしか宿らない強い風味は本当に貴重だと思う。
ここに有機農法の必然性があると思った。

しかし、カシスやイチゴの強い風味と組み合わせてまろやかさを演出するブルーベリーだけは、この作り方では強すぎる。
で、小林ファームという別の農園にお願いしている。
こちらが小林ファーム。


ずいぶん違いますね。
このクリーンで都会的なブルーベリーが、見事な味のまとめ役を担ってくれるのだ。

繰り返すが、物事にはいろんな側面がある。
札幌のケーキ店を廻っていろんなケーキを食べた、という食通のお客様は、我々のケーキのひとつひとつに詳しい説明を求め、「でそのイチゴは甘いの?」とお聞きになった。
ショートケーキのイチゴが甘かったら台無しだろう。
答えに窮したが、酸味の強いイチゴを使っています、としか答えられなかった。


作っている側は、経験によってしか得られない知見でできるだけ良い商品を提供しようと努力している。
それが「有機」だから、「有機」でないから、の一言で片付けられた時の脱力感といったらないし、常に甘いイチゴが優れているとは限らない。


食品の世界では、消費者がより安全で美味しい食品を求めているが、そのための情報も一面的に見ては理解できない。

有機ビールと銘打ったビールのほとんどはゴールデン・プロミスというオオムギを使って醸造されているが、これはイギリスで大量の放射線を浴びせて作られた変異種である。
有機農法、という言葉から感じられる「自然志向」とは本質的なところで逆向きの食品であるように僕には感じられる。

今時のほとんどのスパゲティには「100%デュラム・セモリナ」という表示があって、ある種の品質保証のように機能しているが、このデュラム・コムギも、放射線照射によって作られた変異種だ。

そんなことを言うと、現在我々がコムギと呼んでいる植物自体が、三種類のイネ科植物に由来する三つの二倍体ゲノムを持つ変異種で、人間の手助けがなければ子どもを作ることすらできなくなってしまった生物だ。
現在入手できるほぼすべての農作物が、人間の手によって、長い時間をかけて何らかの改変を加えられている。
そして、もしその技術をすべて手放して、自然のままに生きようとすれば、あっという間に地球が「破産」する。我々すべてを養うには、この地球という惑星にすでに人間は多すぎるのである。

こんな時代、せめて自分の味覚を信じて食べ物と接するしかないと僕は思う。

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