2014年10月15日水曜日

こむら返り

一昨日の深夜、強烈なこむら返りに襲われた。
二日目の今日になっても左のふくらはぎに強い痛みが残っている。

そういえば「こむら返り」って何なん?って思ってググったら原因は完全には特定されていないとあるものの、

運動中のこむら返りは、脳から出された信号が運動神経に伝達される過程で異常を起こし、筋肉が過剰に収縮してしまうことが原因ですが、睡眠中の場合も同様のメカニズムで発生します。(http://atakin.jp/e00koram/e04komura.html)

との記述もあり、脳の信号を体が<誤解>してしまう、という感じが、こむら返りに襲われた時のあの自分の意志に反して筋肉がどんどん収縮していってしまう焦燥感にピッタリくる。

島田荘司先生の新刊「幻肢」によれば、人間の脳から体に出される信号は非常に精妙なフィードバック・ループを成していて、動けという命令を受け取った筋肉が、実際に動いた部位の位置を脳に送り返しているんだそうだ。
そのおかげで非常に緻密な動作が可能になっているといういうのだから本当に人間は凄いもんだと思うが、そのフィードバック・ループの外で起こった筋肉の動きが制御されずに、物理的な体の構造を無視した偽りの指令を実行しようとするのが「こむら返り」というわけなんだろう。

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自分の体の誤動作に裏切られる、と考えると、それだけで怖い。

そう、それは恐怖だ。

押井守監督の「攻殻機動隊」という映画で、サイボーグ化された主人公が素手で戦車をこじ開けようとして、強化された筋肉にフルパワーを送り込み、結局体がその力に耐え切れず破断してしまうシーンを観た時に、「もうやめてくれ!」と叫びそうになった。
それは「思ったより、心と体は一体でない」という恐怖だった。

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人間は他者を殺すことが出来る。
それは自分を殺すことが出来るという意味でもある。
もし、心が自分を裏切ったら、自分自身を破壊する力を僕たちは持っている。

こむら返りはたぶん最も身近な自分への「裏切り」だ。
それでもこんなに怖い。
他人が自分の思うとおりに動かないことなど当たり前だと思えるくらいに。

2014年10月10日金曜日

「能」とコーヒー、あるいは「無私」の焙煎道について

世にメールマガジンは星の数ほどあるが、新潮社の雑誌「考える人」の編集長河野通和(みちかず)さんのものほど深く心に忍び込んでくるものはない。
すぐれた文学作品ほど、これは僕のために書かれたに違いないと思わせるものだが、河野さんの文章にもそういうところがある。


今日届いたメールマガジンには、あのミシマ社の創業者三島邦弘さんの新刊について書かれていた。出版社であるミシマ社の社長である三島さんの本が、朝日新 聞出版から出たという話を新潮社の編集者のメールマガジンで読むというシチュエーションにちょっと戸惑いながら読み始めた。


そこには「能」のシテとワキのことが書かれていた。

話し手であるシテから話を引き出したあと、舞台の隅で木偶のように座るワキは「何もしないことを全身全霊でしているのだ」という一節からは、一読ではわからないが、何かここには大切なことが書かれているという匂いがしていた。

三島氏は、能楽師からこの話を聞いて、編集者にこそ「全身全霊で何もしないこと」が重要なのだと悟ったと言う。
自分発信に走ればかえって主体は遠ざかる。自力で全てを動かしてやろう、そういう自意識ほど自然からはるか遠い行為はない、と。


すぐに思い出したのは、たった一日しか師事しなかったのに、その教えが隅々まで心に染み込んでいるコーヒー焙煎の師匠、中野弘志さんのことだ。

中野さんの焙煎教室は、マンツーマンで、一日中コーヒーを焼く。とにかく焼く。
焼いてる横でこう言われる。

浅煎りとか、深煎りとか考えてはいけない。 
その豆が焼かれたがっている深度はたったひとつしかないはずなんだ。その声に耳を傾けろ。豆の肌を見ろ。
教えてもらうんじゃない。君が感じるんだ。

中野さんが僕に教えようとしていたのは、このワキの精神に違いない。

コーヒーは嗜好品だ。
だからコーヒーの好みなど100人いれば100通りあっていい。
その100通りの好みを持つお客様に、焙煎士は何を信じてコーヒーを提供すればいいのか。
そこに「私」が入り込むということは、端的に言えば、好みに合わないお客様の嗜好を「コーヒーの分からない人」と切り捨ててしまうことになるのではないか。

コーヒーの焙煎から、全身全霊で「私」を取り除くこと。
それが、ワキの精神をコーヒー焙煎で実現するということなのだろう。

「無私」の焙煎道か。
自分が歩いてきた道の果てし無さにちょっと目眩がした。

2014年9月14日日曜日

Crazy little things called “リクルート”

平成18年にリクルートを辞めて、大学時代を過ごした札幌でカフェを開いた。
札幌にいた懐かしい先輩や友人たちに再会して驚いたことは、リクルート時代の話をすると強い反発を受けることだった。
知人には学校の関係者が多いが、みな一様に「リクナビ」がもたらした(と彼らが考えている)学生を取り巻く環境の変化に否定的だった。

ところで僕は大学時代からリクルート在籍時までバンド活動を継続していた。
同じ部署にやはりバンドを熱心にやっている後輩がいて、彼と一緒にジョイントライブをやろうという話が持ち上がり、そのバンドでベースを弾いていた常見陽平くんと出会った。
後に評論家として著書を量産しはじめた彼も、リクルートOBでありながら「リクナビ」のありように疑問を呈していた。
彼の冷静な論旨に触れて、みんなが何に怒っていたのか少しわかったような気がした。

その常見陽平くんの最新刊が、「リクルートという幻想」

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外から見た「リクナビ」と僕が知っていた「リクナビ」とのギャップを埋めてくれた常見くんの定見を、もう見知らぬ会社になってしまった古巣リクルートに敷衍して語っている。
よくぞここまでと思う、膨大な量のリクルート関連の対外的なステートメントとリクルート社内向け文書を駆使して組み上げられた「今の」リクルートの姿を興味深く読んだ。


僕は、といえば平成元年に株式会社リクルートに入社したのだが、その前年の秋、千歳から東京での内定式に向かう飛行機に搭乗する時、同乗する人事担当者に「機内のNHKニュースを必ず見るように」と言われた。
アナウンサーは、リクルート事件の第一報を伝えていた。
それでも内定を返上しようとは思わなかった。
内定に至るまでにお会いしたたくさんのリクルートの人たちが、自分のすべての時間をつぎ込んでもかまないとばかりに仕事そのものに喜びを見出しているのを見て、僕もあんな風に輝いてみたいと思えたからだ。ワーク・ライフ・バランスなんて言葉はまだ世の中になかった。

実際に入社してみると先輩たちは、僕に本当にたくさんのものをくれた。
メディアや、星の数ほどあるリクルート本にはよく「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」という社訓が出てくるが、僕は、そのようないわゆる名文よりは身近な先輩が、自分の経験から発見した知見を聞くのが好きだった。

ある夜、銀座の小料理屋のカウンター席で、大恩ある先輩が教えてくれた。
お客様の「断りの言葉」は際限がないし、すべてが本音とも限らない。それでもその言葉を突破して企画を通すためには、そのすべてに反論し続けるしかなく、反論に成功したとしても「論破された」というお客様の心理がかえって良くない結果を生むことが多い。
それに対して「お客様自身の、こういう企画をやりたいんだという気持ち」はたったひとつだけ持ってもらえばいいのだし、副作用もない。だから「お客様自身の企画」を一緒に作っていくのが営業の仕事の本質だと。
もうこれ聞いた時は本当に感動した。

しかし、それは真理だなとは思ったものの、実際にやるのは簡単なことじゃない。
それで、その先輩と一緒にその営業哲学を現場で実践するプログラムを磨いて、いくつものお客様と刺激的なディスカッションをした。
その時の経験は、今でも僕の人生を支える最も重要な原則になっている。

そんな素敵な会社だったが、それでも時間の流れは残酷で、変わらずにいられるものはない。

僕の知るリクルートは、基本的に「終身雇用でない年功序列」の会社だった。
現場に大きな権限が委ねられるリクルートの営業スタイルでは、経験の“長さ”がそのままその人の力となったからだ。
しかしグローバリゼーション(本当に嫌な言葉だ)の中で、経営には変わりゆく世界への対応力を求められ、ゆえに経験に囚われることは柔軟で新しい判断の邪魔になるかのような論説が流布し、若手が管理職に就いていない会社はいかんぞ、と言われるようになった。
尊敬してやまない先輩たちは会社を去り、その背中を押した若手の管理職たちのやり方に事業の基盤を作った先人への敬意は感じられなかった。

でもそれでよかったんだと今は思っている。
常見くんの本の力を借りて、僕の中にもある「リクルートという幻想」を一旦横に置いてみると、新しく、力強い、世の中を変える力をもったサーヴィスが確かに生まれ始めていることに気付く。
そしてまた、そのサーヴィスの力が強いほど、「内」と「外」での感じ方の違いが生まれるのは仕方のないことだ。
結局のところ、誰にとっても正しいと思えることなんてないし、そういう意味ではどんなことも自分にとっての幻想なんだろう。
その幻想を正義として押し付けあわないことが、僕らに出来るせめてものことなんじゃないだろうか。

2014年8月8日金曜日

ブルーマウンテンというコーヒーのこと

ほぼ全面的にコーヒーの生豆(なままめ)をお世話してもらっている中堅の専門商社のプライスリストの「ブルーマウンテン」の欄は、今月分も「欠品中」であった。
もう数ヶ月も欠品が続いている。

カフェジリオではレギュラーの商品としてブルーマウンテンを扱ったことはない。
生豆の価格が飛び抜けて高く(他の扱い商品の約5倍もする!)、全種一律価格の原則が守れないからだ。

なぜ一律にしているのかについては、大事なことなのでもう一度書いておく。

コーヒーの味の中核は「苦味」にある。
苦味は本能的な味覚でいうと「毒」の分類。
だから、人の舌はこれを恐る恐る味わう。解るのに時間がかかる。理解に経験を必要とする味なのである。
そして、コーヒーの味の違いは育てられた「土」の違いである。
思い切って簡略化していうと、コーヒーの品種というのは「アラビカ種」の一種しかない。
苦味の中ににじみ出る風土の味の違いを嗅ぎ分けているのである。

苦味の中の範疇にある味には、歴史的にそれを表現する言葉を与えられてこなかった。
だから味ははっきりと違うが、その違いを言葉にするのは難しい。
そして、そういう異なりを楽しむのがコーヒーだと僕は思っている。

問題は、このような微妙な味の差を楽しもうとする時、プライスタグに書かれた価格が「優劣」に見えて、邪魔をするということだ。
僕はこれを排除したいのだ。
それで、基本的にすべてのコーヒーに同じ価格をつけている。
時折、この値段でこんなうまい豆が!というのを見つけると、期間限定品として特別価格でお出しすることもあるが。
今もペルーのチャンチャマイヨという豆を少し安価な値付で出している。


ブルーマウンテンに話を戻す。
そういうわけで、ブルーマウンテンを扱わない当店ではちっとも困らないのだが、営業の人がなぜブルーマウンテンが長期欠品中なのか教えてくれたので書いておこう。

ご存知のかたも多いと思うが、この高価なコーヒーを飲んでいるのは日本だけだった。
統計で見る限り、ジャマイカで生産したほぼ全量を日本で輸入して消費していたことになる。
2004年の輸入量は1600トン。
それが昨年は500トンまで落ちこんだ。
欧米市場での拡販に迫られ、ブルーマウンテンの収益性は壊滅的に悪化した。
収益の落ち込んだコーヒー農家は、施肥や農薬の使用を極端に減らした。
結果、天敵であるサビ病の発生と、ベリーボーラー(豆喰い虫)の大量発生を招き、最盛期2200トンあった収量は今年600トンまで落ち込む見通しだそうだ。

僕がブルーマウンテンを扱わないのは、その高価格のせいだが、味が抜群にいいことも知っている。
時々、生豆屋さんから1Kgだけ買って焼いてみるが、およそ歪みというものの感じられないパーフェクトなバランスのコーヒーである。
こういうすぐれた作物が、ひととき経済的に潤った日本のために大増産して、それが買い手の事情で買ってくれなくなれば、一度揃えた生産体制を維持するために商品の品質を犠牲にせざるを得なくなる。

ずいぶん前の話だがスターバックスがエチオピアのイルガチェフェを買い占めて、2年くらい日本に入ってこなくなったほどだったが、それも短期で終わったため、巨大な買い手を失ったイルガチェフェ村のコーヒー農家では離農者や麻薬栽培に転作する人がたくさん出たと聞いた。

先日書いたコピ・ルアックの話も同じ。

消費者は移り気なものだ。
生産者の事情まで勘案しながら買い物などできないし、美味しいものがあると聞けば、欲しくなるのが人情というものだ。
「幻」をまぼろしのままに、「知る人ぞ知る」ものを、知る人ぞ知るままにしておけないこの情報化の時代が、食のグローバリズムを加速していく。
人類をこの星の支配者にせしめた旺盛な好奇心の奔流に飲み込まれて、本当に美味しいものの多くが、ゆっくりと姿を消していくことになるだろう。
残念なことだ。

2014年8月5日火曜日

幻のコーヒー「コピ・ルアック」のこと

英国ガーディアン誌に、コピ・ルアックの生産の「協力者」であるジャコウネコの飼育環境が劣悪で、是正を求める動物愛護団体の記事が出ていた。

The civets are almost exclusively fed coffee berries, which they then excrete. This image was taken on a civet farm just outside Surabaya, Indonesia. Photograph: guardian.co.uk

コピ・ルアックは、インドネシアのコーヒーで、ジャコウネコがコーヒーの実を食べ、糞の中から消化されないコーヒーのパーチメント(豆を取り巻く繊維質)を取り出し、それを脱穀、精製して生産されるコーヒー豆である。
映画「かもめ食堂」でも紹介されていた。

元々は野生のジャコウネコの“落し物”の中から拾い集めたコーヒー豆を指していた言葉で、だからこその希少性があった。
コーヒーノキという種は、こうやって消化されない種子を他の動物に食べてもらうことによって、ニッチを拡げていくことを選択した種である。いわば、ジャコウネコはコーヒーノキの生存範囲を拡げるための重要なパートナーであったのだ。

では、人はなぜわざわざ動物の糞の中から拾い集めたコーヒーを飲むようになったのだろう。
それはもちろん味がいいからで、その味の優位性は、当時はもっぱらジャコウネコが良いコーヒー豆の実をより分けて食べることにあった。
現在でも我々焙煎士はコーヒー豆を選り分けてから焙煎する。ジャコウネコは我々よりも優れた選別眼を持っていて、良質の豆だけを選り分けて食べるグルメなヤツなのだ。

このコーヒーはいつか「幻のコーヒー」などと呼ばれるようになり、好事家たちが高値で買うようになった。
こんな絶好の商材を利にさといコーヒー業界が見逃すはずがない。
農家は、豆屋に指導され、コピ・ルアックを人工的に作るシステムを構築する。
かくてジャコウネコは家畜化され、かつては自分で食べる豆を選べたのに、今では農家が与えるどんな豆も食べなくてはならない。
そんなことより誇り高きグルメなジャコウネコが、かつてはコーヒーの種子を運んで行くコーヒーノキのパートナーだったのが、今度は人間をパートナーとして、上の写真のような狭いケージ(というようり監獄に見える)に押し込められて生涯を過ごす気分はどんなものだろう。

もちろん、すべての農家がこのような虐待を行っている訳ではないのだろう。
ある日本人起業家がインドネシアに渡って作ったコピ・ルアック用の農園は、日本の鶏の平飼いのような環境で、清潔で快適そうな環境でジャコウネコを飼っていた。
だとしても、現在のコピ・ルアックというコーヒーには、フォアグラや熊の胆嚢のような人間の欲望が生み出した「不自然」の匂いを感じざるを得ない。


一生かかっても食べきれないような美食の情報がデジタルの海を行き交い、「食べてみたい」の一心で、買い求めたり、出かけたりする。
食品の提供者は、欲望を煽る新しい方法を常に考え、それをいかに安価に大量に生産するかに心を砕く。

その影で、犠牲になるものがいる。
誰かの願いは、誰かへの呪いとなる。
どこかの魔法少女が言っていたとおりだ。


それにしても、ことコーヒーのことを話題にする時、英国ジャーナリズムは視点の大きな批判精神を持つ。

ウルグアイ・ラウンドの時に、アフリカの農産物に関する輸出条件の改善交渉を数多くの分科会に分割して、代表団の少ないアフリカ勢が十分に会議に参加できない状況を作り出したり、アフリカ側の言い分を「君たちには世界とか経済というものがよくわかっていないのだ」という一言で片付けたりしていたことを暴いたのも英国BBCだった。
この時のドキュメンタリー・フィルムはNHKでも放送されたし、後に「美味しいコーヒーの真実」という映画にもなったのでご覧になったかたもいらっしゃるだろう。

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また、「コーヒーの真実」という著書で、奴隷貿易や植民地政策が搾取の構造を作り、多国籍企業がそれを引き継いで、コーヒー豆の取引を媒介して世界の貧富格差を拡大している様子を活写したアントニー・ワイルドもイギリス人だった。

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この本を読めば、大元は、英国東インド会社のモカコーヒーの独占経営にあることがわかる。
自国の過去の過ちに自覚的な英国のジャーナリズムに学ぶべきことは多いように思う。


2014年7月20日日曜日

コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理

今年2014年のコーヒー業界最大のニュースは、10月に予定されているブルーボトルコーヒーの日本進出だろう。
先月のWIREDで特集が組まれていた。

WIRED VOL.12 (GQ JAPAN.2014年7月号増刊)

コンデナスト・ジャパン (2014-06-10)

ブルーボトルコーヒーが世界から注目されている理由は、サンフランシスコの小さなカフェで、ひたすら焙煎の実験を繰り返し、美味しい珈琲を追求していたジェームス・フリーマンの作る珈琲が素晴らしいということはもちろんだが、それ以上に、ブライアン・ミーハンというマネージャーがアップルを始めとするテック系出身の大物投資家を口説いて出資させているというニュースバリューにある。

完璧主義者のジェームス・フリーマンは、どこかスティーブ・ジョブスを彷彿させるところがある。
珈琲がうまけりゃそれでいい、ではなく、ディテイルを研ぎ澄まして、店舗や道具選び、商品の佇まいなどをコントロールしている。
シスコの店内の様子を写真で見ているだけで、アップルストアから感じる特別なエクスペリエンスが、ここにもあると確信できる。

この特集の中で、ブルーボトルコーヒーの創業者ジェームズ・フリーマンが「なぜ市販のアイスコーヒーはこんなにまずいんだ、と思って自分でも試してみると納得行く理由がいくつも見つかった」と言っていた。

この記事ではその具体的な理由には言及していないが、思い当たるフシはある。
この季節、お客様からはアイスコーヒーに関する質問が多く寄せられるからだ。

お客様が自分でアイスコーヒーを作ってみて、うまくいかないポイントは概ね「充分冷たくならない」と「薄くなってしまう」ということに集約できるようだ。
で、この二つは、充分冷たくならないので氷を足す、そうすると薄くなる、ということだから 同じことを言っているわけだ。

ブルーボトルコーヒーでの、このアイスコーヒーへの回答は「冷水で18時間かけて抽出する」というあっけないほど正攻法の水出し珈琲(ダッチコーヒー)だった。
確かにひとつの正解であるし、パック詰めして販売するルートを持つブルーボトルコーヒーにとっての最適解でもあるのだろう。

しかし珈琲の旨味成分には湯によって抽出しなければ、溶解しない成分がある。
また、油脂分を熱によってエマルジョンすることによって味を活性化するのも珈琲の醍醐味である。
そしてこうした珈琲の味の<膨らみ>こそ経時劣化に晒されやすく、決して流通ルートに乗せられない、<調理>によって作られるべき部分なのである。

ではどうするか。
その回答もWIREDに書いてある。
(またしても!)アップルのエンジニア出身で、昨年パーフェクト・コーヒーという豆売業を起業したニール・デイが言う。
「グラインド(挽く)がコーヒーの味を一番左右するのに、挽くべきコーヒーの粒子の大きさを正確に計測する方法が未だに確立されていない」と。
ニール・デイは、熟練のロースターに挽いてもらった豆の挽目を画像解析技術で再現するシステムを開発して、この豆売り業をスタートアップした。
非常に示唆に富んだ話だと思う。

なにしろグラインドがコーヒーの味を一番左右する、というのはまったくもって真理である。
寄り道したくなる誘惑を振り払ってアイスコーヒーにこの真理を応用すると、氷を使えば薄くなってしまうのだから濃い味のコーヒーをあらかじめ作ればいい、ということになり、そして濃い味は、挽目を細かくすれば実現できるのである。

ここで問題は、よく家庭で使われている手回しミルでは充分な細かさに挽くのに時間と労力がかかりすぎるということだ。
機械式でも、スイッチを押している間カット刃が回り続けるタイプのものは、挽目を再現するのが難しい。
しかし安心してほしい。
ここは日本で、日本にはKalitaがあるのだ。

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このナイスカットミルという機械には、挽目を設定するダイアルがついている。これを一番細かい目「1」にセットしてスイッチを入れれば、いつでもアイスコーヒー用の粉が出来上がる。
この細かい挽目の粉20~25g程度(二人分)をペーパードリップにセットして、湯を注ぎ一人分の量のコーヒーを抽出すればいい。
それをすこし大きめのサーバー(4人用のものがいい)に氷を満たし、抽出した液を入れ、蓋をして零れないように振れば、アイスコーヒーの出来上がり。
氷を入れたグラスに注いで、あとは飲むだけ。

ついでに言うとミルのダイアルを「3.5」にセットすれば、いつだって最も適切なペーパードリップ用の粉が出来上がる。

ニール・デイの言っていることは本当で、ミルによって出来上がる粉の「揃い具合」がずいぶん違っていて、だからこそ、彼は画像解析技術なんかを使ってハイテクな粉砕をするわけだ。でも日本ではこのKalita社のナイスカットミルという手頃な価格のジャパンメイドの機械がその熟練の粉を作ってくれてしまう。家庭で充分作れてしまうのだ。

ニール・デイのパーフェクト・コーヒーでは、「世界中の家庭に挽いた粉を売る」というビジネス・モデルを実現するために、挽いてしまえば急速に酸化する粉を無酸素でパッキングするシステムを開発したそうだが、酸化しなくても、焙煎によって焼成したコーヒー豆の化学成分は6日間でその60%が失われる。 そして失われてしまわなければ炭酸ガスの発生は止まらず、無酸素のパッキングも出来ない。
残念ながらその方法ではいわばコーヒーとしては「死んだ」ものを流通させることになってしまう。
本来のコーヒーの味を引き出すもっとも重要なポイントは、「焙煎鮮度の高い豆を入手して、飲む直前に挽く」ということなのである。

修行時代に世界で最も定評のあるスイスのディッティング社の20万円以上もするミルを使わせてもらっていた。
確かにそのミルでなければ届かない味があるとは思うけど、だからこそ1万5千円ちょっとのKalitaがここまでの味を出すことが信じられないぐらい凄いことじゃないか、とかなり真剣に思っている。
コーヒーを入れるという行為を<調理>としてとらえた時に、メイド・イン・ジャパンのこの機械は欠くことのできない道具だと思う。

そういえば、ブルーボトルコーヒーは店舗ではペーパードリップで一杯ずつ落とすスタイルだが、フィルタはBONMACというKalitaのコピーを使っている。もちろん日本製だ。
ブルーボトルとともにサード・ウェイブの一翼を担う、サイトグラス・コーヒーでは、ハリオのV60の耐熱ガラスバージョンのものを使っている。


ハリオのV60は、コーノ式のドリッパーの生産を共同で行ったことから出てきた製品だが、この両者は日本の理詰めの道具作りのひとつの到達点と言えるだろう。
Kalita社のミルとあわせて、日本は、おそらく家で美味しい珈琲を飲むための環境に最も恵まれた国であるといえるのではないだろうか。

2014年7月18日金曜日

焙煎“道”では辿りつけない「苦さの限界」

先日、ビジネスとしてではなく、個人として珈琲の焙煎をやっている方とお話をする機会があった。
食に関する書籍や雑誌を多く出版されている会社で編集者として活躍されていた方だった。

お話を伺うと、最初に与えられた仕事が、当時全国にちらほら出来始めていた、ラーメンで言えば「家系」とでもいうべき個人経営の自家焙煎コーヒーの喫茶店を廻って取材をするというものだったそうだ。

その人の口から語られた、黎明期の、実に個性的な焙煎者たちの情熱や信念に大きな刺激を受けた。
それは煎じ詰めて言えば、「珈琲はどこまで苦くできるのか」という問い、のように僕には聞こえた。



珈琲の飲料としての発祥は、伝説レヴェル以上のことはよくわかっていないが、人類史にはイスラム教の秘薬として登場する。
一義的にはイスラム教の戒律のひとつ、「炭を食べてはならない」に反しているにもかかわらず、それを曲げてまで、霊薬として珍重されたことに、「苦さの限界」を追求する試みは由来しているように思う。
炭になってしまう一歩手前でこそ、この霊薬の薬効は最大化されると考えるのは、とても自然なことだ。
それほどまでに、追い込んで焼いた珈琲豆が醸し出す味の複雑さは魅力的なのである。


僕自身の話をすれば、修行時代、三人のお師匠さんについた。
お三方とも実に個性的な焙煎の方法論をお持ちで、共通する部分はほとんどなかった。
しかし煎り止めに関してだけは、「深煎り」とか「浅煎り」というものは無く、ただ最適な焙煎ポイントがあるのみ、という考え方で一致していた。

修行時代は関東、関西、東海の有名店の珈琲を飲んで廻ったが、一般に老舗の名店では非常に苦く、重たい質感の珈琲が出てきて、僕にはその味がちっとも魅力的には思えず、いつも胸焼け気味で帰った。
若い焙煎士が家業として開いた自家焙煎のお店の珈琲はどれもすっきりしたフルーティな肌合いの珈琲が多く、好感が持てた。
僕もそのような珈琲を焼き、淹れようと勉強し、練習し、準備をした。

それなのに、このカフェを開いて、3年、4年と焙煎士としてのキャリアを重ねていく中で僕の珈琲は徐々に苦くなっていったようだ。そしてそれを「上手くなった」のだと思っていたのだ。
だから、冒頭に書いたように、珈琲というものの宿業が「苦さの限界」を求めさせるという話には実に納得感があった。


でもその時のお客様の判断はそうではなかった。

お客様は普通わざわざ「苦くなってるよ」と教えてくれたりはしない。
ただ来なくなるだけだ。
ただでさえ、近所には東大阪の珈琲の神様の息子さんがやってるお店や、有機栽培の豆だけを炭火で焼くというキャリアの長い焙煎専門店がある場所なのだ。


ある日、出身高校が同じだということで親しくしてくださるようになった大先輩の常連さんに「最近、ちょっと苦味が強いようなんだけど、もうちょっと苦くないのある?」と言ってくださったのがきっかけで、全体的にすべての豆が苦くなりすぎているかもしれないと、自分でも思うようになった。
それで、他のお客様にも苦すぎないかお聞きするようにしたら、その会話の中で、札幌の喫茶店の珈琲は一般に苦味が強すぎると感じている人が僕の珈琲を買ってくれているのだということがわかった。

確かに、いくつか視察に行った札幌の有名店の珈琲はどれも黒々と油の出た豆をネルドリップで抽出する深煎り珈琲だった。で、それを苦手にしている人は意外にたくさんいて、そういう人は仕方がないので機械で珈琲を淹れるお店に行っている、というようなことがわかってきた。

でも、やはり機械抽出では本当に美味しい珈琲はできない。それでそういう人は、いつも珈琲の美味しいお店を探していて、それでカフェジリオの珈琲に出会って、 苦すぎなくて美味しいと認めてくださって、このわかりにくい不便な場所まで足を運んでくださっていたことがわかったのだ。


もちろん「苦さの限界」を自分の好みとして追求しているお客様もいらっしゃるだろう。
しかし、その手の珈琲はわりとどこでも手に入るのが札幌という街だとすれば、珈琲を焼いている僕自身が美味しいと思う、寸止めの苦さで身を立てていくのが筋というものだ。
そのように思い直して、焙煎度の調整を行って、今の珈琲の味に落ち着いている。


と、いうような話をしたわけではないのだが、冒頭の方に僕の珈琲を飲んでいただいた時、「商売としてそういうことはできないと思うから、あくまでも焙煎士個人として、一度苦さの限界を引き出す長時間焙煎を追求してみたほうがいいですよ」と言われた。

珈琲を一口飲んだだけで、言っていないことまでいろいろ見ぬかれてしまった気がして驚いたのだが、真に驚くべきはそれに続いて披露してくださった長時間焙煎のいくつかのノウハウで、僕に焙煎を教えた先生方が聞けば、きっと眉を顰めるに違いない。
しかし、だからこその「苦さの限界」なのだろうとも思う。

コーヒー好きが転じてコーヒー屋になってしまったのではない、僕のような焙煎士は、どうしたって成長するためにリクツが必要で、それを突き詰めていくと「ねばならない」の集合体である「道(どう)」になっていく。
焙煎“道”では辿りつけない境地ということか。

その日から、そのことばかり考えていたが、ふと、長時間焙煎に関係するいくつかのポイントが、品質が大きく変化していて今一番悩ましいマンデリン豆の焙煎に応用できそうだ、と気付いて今朝試してみた。
ダンパーの操作を少し極端に行うことと、最終煎り上がり直前の火力を思い切って早く下げていくのだが、思った以上に効果があり、仕上がりの焙煎度は高くなるのに、トゲトゲしかった飲みくちが少し丸くなってくれた。
ロブスタとの自然交雑が原因と思われる香味はいかんともし難いが、全体的な重たさがずいぶん改善されたと思う。

焙煎をはじめて8年。
まだまだ駆け出しである。
だからこそオモシロイ、と思う。