カフェジリオでは、ブレンド2種類、ストレート8種類、計10種類の自家焙煎珈琲豆を販売しています。高品質珈琲の主要産地であるアフリカ、中南米、アジアの代表的な珈琲を厳選しています。
で、価格はすべて100g500円です。
時々、こんな声を聞きます。
「あら!全部同じ値段じゃない。どうやって選べばいいの?」と。
これは、商品を選ぶ時の基本的な態度のひとつだと思います。
今日はちょっと奮発して和牛にしちゃおうかしら。
今日の唐揚げはブラジルのでいいわね。
というような。
珈琲豆も同じ産地の中で価格の高い安いがあり、それは概ね品質とリンクしています。
そして、世界的な規模でオークションによる買い付けが行われているこの珈琲豆の市場では、産地が違っても価格と品質はだいたいうまく均衡しています。
(いくつか例外があって、例えばブルーマウンテンなどはほぼ100%日本のみで消費されていますので、オークションシステムを通過していません。それで相場感から外れた価格設定が成立するのです。
ですがブルマンは確かに飛び抜けて高い品質を持つ珈琲なので、むしろ市場の洗礼に晒されないほうが、品質保持のためにいいだろうと、私も思います。
ハワイコナなどもほぼ同じ状況です。)
ですので、同じ仕入れ値の豆を揃えておくと、より純粋に産地による珈琲の味の違いのみをお楽しみいただける。
これが、この商品構成の狙いです。
なぜそんなところにこだわるのか。
それは僕が昔良くテレビでやっていた、ワインなどの「ブラインドテスト」が大嫌いだったからなのです。
一本何十万円もするワインと、スーパーで売っている数百円のワインをワイン通を自認する芸能人に利き酒させる、というあれです。
何が嫌かって、外れた時のコメンテーターたちの
「偉そうなこと言ってたけど、味なんかわかってないじゃん」
と指弾する、あの嬉しそうな顔!
なんて醜悪なんだろう、といつも思っていました。
さらにそれを面白がる僕らの顔も、きっと醜く歪んでいるに違いないのです。
生産者の情熱が注ぎ込まれたワインの味も、
農家さんや焙煎士のありったけの技術を駆使して作った珈琲の味も、
小説家の人生をかけた文学作品も、
画家の血を吐くような自己との対話と研鑽との結果描かれた絵画も、
音楽家の真摯な神への祈りを揺るぎなく体現した難解なる古典音楽も、
等しくそれが「作品」である以上、味わう者との関係は一対一なのです。
それを試したり、ましてやあざ笑ったりしていいはずがないのです。
そして味わう側にも、今の自分の力量でわかるのはここまでだがもっと先があるはずだ、という謙虚さと、自己研鑚を求められるのです。
だからこそ、作品を提供する側には、それをはるか上回る情熱と一定の犠牲が求められる。そういうものなのです。
僕自身も、テレビの外側であざ笑う側でなく、そういう「一対一」のサイクルの内側にいたい、と強く願っていました。
だから、珈琲豆を「値段で選ぶ」という思考停止を超えて、いろんな味の珈琲を経験していただくことで、珈琲という飲料の「味わい方」そのものに触れていただきたい。
珈琲の業界の中でしかほぼ通用しない「酸味」というのに「酸っぱくはない」特殊な風味の本当の味を、少なくともこの店のお客様にはわかっていただきたい。
そのための努力も投資も惜しまない。
そういう覚悟で、すべての珈琲に500円のプライスタグを付けています。
2013年3月28日木曜日
2013年2月28日木曜日
豆が、珈琲のコトバで話しかけてくる。 カフェジリオ・コーヒーストーリー part-5(最終回)
承前
中野弘志氏のコーヒーセミナーから学んだことは実に多いが、確かにいちいち言語化できないことが多かった。
あえて文学的なアプローチを試みると、「豆が、珈琲のコトバで話しかけてくる」という感じか。
実務的なコトバにするならば、要するに煎りドメに至る豆の変化は、終局において「皺が伸びる」=内部の多孔質化が充分進んだ、という局面と「ふわっと煙が出る」=内部の油脂分が表面に出てくる直前まで来ている、という局面の兼ね合いで出来ていて、厄介なことに産地によって、その頃合いが異なっているということだ。
前回の最後に、少し煎りの足りないものと、それをそのまま再度焙煎機に放り込んで焼成を進めたものについてお話したが、ほんの温度にして2℃程度、時間にして5秒くらいの差なのだが、飲み比べてみると仕上がりの差は明らか。
もちろん酸味の残りなども気になるのだが、そんなこと以上に「味の力強さ」のようなものが違うのだ。
最近よく、店頭で生豆の種類を選んで注文すると、その場で焙煎して渡してくれるというお店を見かけるが、この場合、豆は100g単位で焼けることや、お客様をお待たせしないスピードが必要になってくる。
そのために開発された焙煎機がジェット・ロースターで、少量の豆を高熱で処理して90秒程度で焼きあげるのだという。
私も、珈琲豆は鮮度こそが最も重要であるという立場であるので、これでウマい珈琲豆が焼けるのなら、こんなにいいことはない。
マーケティング的な納得感も高く、広告効果も高いだろう。
しかし、20分かけて焼いた最終工程の5秒でこんなに味が変わってしまうのに、90秒で焼けてしまう機械の場合は、どこでどう煎り止めを判断しているのだろうか。見ている限りでは、タイマーで自動化されているようだった。
実際に何店舗かで豆を買ってみたが、どれも表面は焼けていても芯残りで、強い苦味の中に、これまた強い酸味が残るという味だった。
そしてまた、このように味の問題を「酸っぱい」と「苦い」というコトバに帰着してしまえるところにこの議論の次元の低さがあるように思う。
中野弘志氏の教えの画期的なところは、珈琲は「酸っぱくても、苦くてもダメ」で、味の議論はその先にある、というところにあり、まさにそこに一日拾万円の価値があるのだと私は思う。
であればこそ、その道ははるか遠くまで伸びている。
私は毎日焙煎をしながら、あの一日に覚えた、珈琲が焼けていく時の様々な表情や音の変化を思い出して、珈琲修行を始めるきっかけとなった河野社長の珈琲を自分でも再現できる日を夢見ているのだ。
The END
中野弘志氏のコーヒーセミナーから学んだことは実に多いが、確かにいちいち言語化できないことが多かった。
あえて文学的なアプローチを試みると、「豆が、珈琲のコトバで話しかけてくる」という感じか。
実務的なコトバにするならば、要するに煎りドメに至る豆の変化は、終局において「皺が伸びる」=内部の多孔質化が充分進んだ、という局面と「ふわっと煙が出る」=内部の油脂分が表面に出てくる直前まで来ている、という局面の兼ね合いで出来ていて、厄介なことに産地によって、その頃合いが異なっているということだ。
前回の最後に、少し煎りの足りないものと、それをそのまま再度焙煎機に放り込んで焼成を進めたものについてお話したが、ほんの温度にして2℃程度、時間にして5秒くらいの差なのだが、飲み比べてみると仕上がりの差は明らか。
もちろん酸味の残りなども気になるのだが、そんなこと以上に「味の力強さ」のようなものが違うのだ。
最近よく、店頭で生豆の種類を選んで注文すると、その場で焙煎して渡してくれるというお店を見かけるが、この場合、豆は100g単位で焼けることや、お客様をお待たせしないスピードが必要になってくる。
そのために開発された焙煎機がジェット・ロースターで、少量の豆を高熱で処理して90秒程度で焼きあげるのだという。
私も、珈琲豆は鮮度こそが最も重要であるという立場であるので、これでウマい珈琲豆が焼けるのなら、こんなにいいことはない。
マーケティング的な納得感も高く、広告効果も高いだろう。
しかし、20分かけて焼いた最終工程の5秒でこんなに味が変わってしまうのに、90秒で焼けてしまう機械の場合は、どこでどう煎り止めを判断しているのだろうか。見ている限りでは、タイマーで自動化されているようだった。
実際に何店舗かで豆を買ってみたが、どれも表面は焼けていても芯残りで、強い苦味の中に、これまた強い酸味が残るという味だった。
そしてまた、このように味の問題を「酸っぱい」と「苦い」というコトバに帰着してしまえるところにこの議論の次元の低さがあるように思う。
中野弘志氏の教えの画期的なところは、珈琲は「酸っぱくても、苦くてもダメ」で、味の議論はその先にある、というところにあり、まさにそこに一日拾万円の価値があるのだと私は思う。
であればこそ、その道ははるか遠くまで伸びている。
私は毎日焙煎をしながら、あの一日に覚えた、珈琲が焼けていく時の様々な表情や音の変化を思い出して、珈琲修行を始めるきっかけとなった河野社長の珈琲を自分でも再現できる日を夢見ているのだ。
The END
2013年2月25日月曜日
カーティス・フラー / ブルースエット
2月も今週で終わりですか・・早いですね。
今日のBGMです。
カーティス・フラーというトロンボーン奏者のリーダー・アルバム「ブルース・エット」です。
村上春樹の「アフター・ダーク」に登場するアマチュア・トロンボーン奏者がこの楽器を手にとったきっかけとして紹介されているFive Spot After Darkが収録されていることでも有名な盤です。
もちろん、アフター・ダークという書名もこの曲名に由来しているのです。
あまりにも印象的なリードメロディが頭にこびりついて離れないので、他の曲の印象が薄いのですが、ベニー・ゴルソンの必殺のスムース・テナーが炸裂する4曲目も聞き逃すべきでない佳曲だと思います。
2013年2月23日土曜日
タイム・トゥ・キル / ソフィー・セルマーニ
今日のBGMは、ジャズをお休みして、スウェーデンの女性シンガーソングライター、ソフィー・セルマーニの3rdアルバムをピックアップしました。
せっかくスウェーデンのアンプを買ったので、なにかスウェーデンの音楽を、と思って自室のCD棚を見ていたら、6年くらいまえに人に勧められてファーストから揃えていたのを思い出して、かけてみました。
北欧のSSWらしい、囁くような声と素朴なメロディはもちろん素敵なのですが、時折アコースティックギターで繰り返されるロックのリフっぽいメロディが新鮮。ディランやニール・ヤングからの影響を公言する彼女らしさも、また魅力的です。
が、それゆえにアルバムは素朴なサウンドと準ロック・サウンドが混在し、BGMには使いにくい側面もあり、そのバランスが一番よい3rdを今日はかけています。
音楽的には、2ndのプレシャス・バーデンが最もよいと思います。こちらも機会があったら聴いてみてください。
せっかくスウェーデンのアンプを買ったので、なにかスウェーデンの音楽を、と思って自室のCD棚を見ていたら、6年くらいまえに人に勧められてファーストから揃えていたのを思い出して、かけてみました。
北欧のSSWらしい、囁くような声と素朴なメロディはもちろん素敵なのですが、時折アコースティックギターで繰り返されるロックのリフっぽいメロディが新鮮。ディランやニール・ヤングからの影響を公言する彼女らしさも、また魅力的です。
が、それゆえにアルバムは素朴なサウンドと準ロック・サウンドが混在し、BGMには使いにくい側面もあり、そのバランスが一番よい3rdを今日はかけています。
音楽的には、2ndのプレシャス・バーデンが最もよいと思います。こちらも機会があったら聴いてみてください。
2013年2月22日金曜日
ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ vol.1
今日のカフェジリオ・ミュージックは少し古めのジャズで。
ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ vol.1です。
ジャズ評論家レナード・フェザーが、ドイツのデュースブルクという街で見つけたピアニスト。
この時の様子をレナードは「洞窟のようなクラブへの階段を降りると、5人の若者が演奏していた。赤い髪の少女が奏でるピアノは、長年ナチズムや戦争に苦しんだ国のものとは思えない素晴らしいリアル・ジャズだった。」と書いています。
なんかビートルズみたい。
で、彼はさっそくアメリカのレコード会社に売り込むべく、フランクフルトでデモ音源を録音。
この時の録音の8曲がBlueNoteから、4曲がMGMからリリースされます。
契約を継続したのはBlueNoteで、創業者のアルフレッド・ライオンがベルリン出身なのも関係があるのかもしれません。
で、このCDのリリースとなるわけです。
このCDの冒頭レナード自身がユタを聴衆に紹介するMCも収録されています。
当時の評論家の仕事っぷりが、いいですね。
やはりプロというのは口だけじゃなくて、行動が伴ってこそかな、という気がします。
演奏が始まると、二曲続けて哀愁ただよう短調の曲が香ばしくも力強いタッチで奏でられる。
ことにディア・オールド・ストックホルムは必聴で、マイルズやジョン・ルイスなどの有名な演奏とはテーマメロディの解釈が異なっていて、一聴同曲とは思わなかった。
ふーん。これがヨーロッパの中から見たストックホルムかあ、なんてこの間買ったスウェーデンのアンプから出てくる音に浸っております。
2013年2月21日木曜日
その講習、一日拾萬円也。カフェジリオ・コーヒーストーリー part-4
承前。
3時間のセミナーで、僕の目から数枚の鱗を落とした中野弘志さんの自家焙煎セミナー。
結論としては、珈琲という飲料が、焙煎によって作られる800種類の香味成分を抽出して飲むものであること。
さらにその香味成分が、加熱によって多孔質化した「孔」の中に生成されていることから、優れた焙煎とは、多孔質化の最大化と香味成分をより多く作り出すが、焦がさない、という最適点を見つけることに他ならない、
ということだとわかった。
そして、その最適点は、豆を育てる土壌によって変わる、ということ。
見極めるポイントは定量化できず、「状況判断」によって行うということ。
ゆえに、結局数こなさないとダメねってことがわかった。
しかし、闇雲に数をこなしているだけで身につくような技術でもない。やはり、経験豊かな指導者が横についてアドバイスを受けることが必要だ。
で、中野先生のご自宅で二日間マンツーマンのつきっきりでやってあげますよ、というセミナーにおいでなさいな、ということなのでした。
なんとお値段、二日間で弐拾萬円也。
でもねえ、この際背に腹は代えられないよなあ、と思った。
だって、今まで数人の「先生」と呼ばれる人に習ってきたわけだけど、それぞれに皆仰ることが違う。このまま確信を持てないまま、ズルズルいろんな人にお話聴いて回るのもいい加減疲れたし、そろそろ確かな理論持って、自分の味作り始めたいよな、と思ったわけです。
で、思い切ってお電話してみた。
自家焙煎でやりたいと思った経緯とか、今まで教わったこととか、洗いざらい話してみた。
そしたら、中野先生、「あ、そこまでやっていらしたのなら、一日で習得できるでしょう。拾萬円で結構です。ご都合の良い日は何時ですか?」とおっしゃる。
さっそく日を決めたら、翌日様々な国の焙煎された珈琲豆が合計1kg送られてきた。
とにかく、それを全部飲んで、舌が珈琲の味の違いがわかるようにしといてください、と書いてあった。
期日まで4日程しかない。
4日で一キロの珈琲飲むってのはけっこう骨ですよ。
結局半分くらいしか飲めなかったけど、まあ全種類飲んだ。
もう最期の方は、美味しいかどうか分かんなくなってたな。
で、電車に乗って横浜の先生のお宅に向かったのだ。
到着すると、どのくらい基礎的な知識が共有できているか、さらっと打ち合わせて、だいたい問題ないレベルだと確認して、もうさっそく焙煎に入る。
まず驚いたのは、この先生、珈琲豆を米のように「研ぐ」のだ。バケツの中で研いだ豆を新聞紙にあげて、荒く乾かしてある。
庭に別棟として設えられた焙煎室には、1kg用の小さな富士ローヤルが置かれていた。これは河野塾でもよく扱った機種で、500gくらいの少量でも綺麗に焙煎できる便利なものだ。
だが、やはり郷に入れば郷に従え。
中野先生は、ダンパーは投入する生豆の量に応じて、焙煎釜の容量を最適化するのが役割、と規定されていて、1kg釜で500g焙煎の場合は、ダンパーは開度50%、バーナーも強度50%で固定して、ひたすら煎り上がりの時間に集中する、というやり方。
しかし、30秒ごとくらいにテストスプーンを開けて、ああ今内部に大きな亀裂が入ったよ、とか、今皮の部分が割れ始めているんだよ、とか細かく教えてくださる。
とにかくこれをずっと一日中やるのだ。
途中集中力が切れて、シティローストくらいのところで上げてしまった時、先生は「お、それ半分とっとこう」と言って、半分を別のボウルにあけて、残りを再度釜に投入。何も無かったかのように焙煎を続けた。
「あとで飲み比べてみようね」と、普通におっしゃるので、焙煎の中断ってアリなんですか?と聞いてみたが、昔からダブル焙煎という手法があるそうで、まったく問題ないそうだ。
勉強になるなあ。
さて、この焙煎度比較、どうだったのか。
続きは次回。
3時間のセミナーで、僕の目から数枚の鱗を落とした中野弘志さんの自家焙煎セミナー。
結論としては、珈琲という飲料が、焙煎によって作られる800種類の香味成分を抽出して飲むものであること。
さらにその香味成分が、加熱によって多孔質化した「孔」の中に生成されていることから、優れた焙煎とは、多孔質化の最大化と香味成分をより多く作り出すが、焦がさない、という最適点を見つけることに他ならない、
ということだとわかった。
そして、その最適点は、豆を育てる土壌によって変わる、ということ。
見極めるポイントは定量化できず、「状況判断」によって行うということ。
ゆえに、結局数こなさないとダメねってことがわかった。
しかし、闇雲に数をこなしているだけで身につくような技術でもない。やはり、経験豊かな指導者が横についてアドバイスを受けることが必要だ。
で、中野先生のご自宅で二日間マンツーマンのつきっきりでやってあげますよ、というセミナーにおいでなさいな、ということなのでした。
なんとお値段、二日間で弐拾萬円也。
でもねえ、この際背に腹は代えられないよなあ、と思った。
だって、今まで数人の「先生」と呼ばれる人に習ってきたわけだけど、それぞれに皆仰ることが違う。このまま確信を持てないまま、ズルズルいろんな人にお話聴いて回るのもいい加減疲れたし、そろそろ確かな理論持って、自分の味作り始めたいよな、と思ったわけです。
で、思い切ってお電話してみた。
自家焙煎でやりたいと思った経緯とか、今まで教わったこととか、洗いざらい話してみた。
そしたら、中野先生、「あ、そこまでやっていらしたのなら、一日で習得できるでしょう。拾萬円で結構です。ご都合の良い日は何時ですか?」とおっしゃる。
さっそく日を決めたら、翌日様々な国の焙煎された珈琲豆が合計1kg送られてきた。
とにかく、それを全部飲んで、舌が珈琲の味の違いがわかるようにしといてください、と書いてあった。
期日まで4日程しかない。
4日で一キロの珈琲飲むってのはけっこう骨ですよ。
結局半分くらいしか飲めなかったけど、まあ全種類飲んだ。
もう最期の方は、美味しいかどうか分かんなくなってたな。
で、電車に乗って横浜の先生のお宅に向かったのだ。
到着すると、どのくらい基礎的な知識が共有できているか、さらっと打ち合わせて、だいたい問題ないレベルだと確認して、もうさっそく焙煎に入る。
まず驚いたのは、この先生、珈琲豆を米のように「研ぐ」のだ。バケツの中で研いだ豆を新聞紙にあげて、荒く乾かしてある。
庭に別棟として設えられた焙煎室には、1kg用の小さな富士ローヤルが置かれていた。これは河野塾でもよく扱った機種で、500gくらいの少量でも綺麗に焙煎できる便利なものだ。
だが、やはり郷に入れば郷に従え。
中野先生は、ダンパーは投入する生豆の量に応じて、焙煎釜の容量を最適化するのが役割、と規定されていて、1kg釜で500g焙煎の場合は、ダンパーは開度50%、バーナーも強度50%で固定して、ひたすら煎り上がりの時間に集中する、というやり方。
しかし、30秒ごとくらいにテストスプーンを開けて、ああ今内部に大きな亀裂が入ったよ、とか、今皮の部分が割れ始めているんだよ、とか細かく教えてくださる。
とにかくこれをずっと一日中やるのだ。
途中集中力が切れて、シティローストくらいのところで上げてしまった時、先生は「お、それ半分とっとこう」と言って、半分を別のボウルにあけて、残りを再度釜に投入。何も無かったかのように焙煎を続けた。
「あとで飲み比べてみようね」と、普通におっしゃるので、焙煎の中断ってアリなんですか?と聞いてみたが、昔からダブル焙煎という手法があるそうで、まったく問題ないそうだ。
勉強になるなあ。
さて、この焙煎度比較、どうだったのか。
続きは次回。
インパルス・レコード・オムニバス/House That TRANE Built
カフェジリオ、今日のBGMのお時間です。
今日のお題は、インパルス・レコードの数ある名曲・名演をCD4枚組にコンパイルしたオムニバス盤、
The House That TRANE Builtです。
タイトルは、ほんのちょっと補って直訳すれば「ジョン・コルトレーンが建てた家」。インパルスがコルトレーンの大成功で大きくなったことを表しています。
有名なマザーグースの一曲「This is the house that jack built」を捻ったタイトルなんでしょうね。
今日はそのDisc1をかけています。
ギル・エヴァンス、オリヴァー・ネルソン、アート・ブレイキー、ベニー・カーター、カウント・ベイシー、コールマン・ホーキンス、ロイ・ヘインズ、フレディ・ハバート、チャールズ・ミンガス、そしてもちろんコルトレーン。
なんて豪華なオムニバス。
中でも2曲めのオリヴァー・ネルソン、Stolen Momentは、ドルフィーがフルートを、とかエヴァンスのピアノが、などという謳い文句などまったく必要ない、緻密に構成された作編曲の見事さが聴きどころだと思います。
美メロなしで、短い旋律を構築的に組み上げて音楽を作り上げている、ベートーヴェンの中期の作品群を思わせる、聴き応えのある楽曲ですね。
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