2012年10月18日木曜日

BRUTUSの「おいしいコーヒー進化論」について

ブルータスの最新号がコーヒー特集だよ、と友人に教えてもらってコンビニに走った。
若い人達が出した新しいスタイルのお店が、どれも付加価値には背を向けてコーヒーの味に主眼を置いて事業をデザインしていることに好感を持つ。
少し前のカフェブームは、主価値がからっぽで付加価値しかないようなお店が多かったし、事実三年以上続いた人気店は殆ど無かった。確かにコーヒーの業界は進化しているようだ。

この特集では、コーヒーの新潮流に北欧風を据えて、「浅煎り」をキーワードとしている。
やれやれまた「浅煎り」か。

先日もNHKの朝イチ!で「女子のためのコーヒー学」というのをやっていて、コーヒーにはポリフェノールが多く含まれていて美肌効果があるというのがメインコンテンツ。ブルータスの特集にも出ていた女性バリスタが「浅煎り」にするとポリフェノールが失われなくていいんですよ、と解説していた。

数年前テレビ番組で、浅煎りコーヒーには満腹中枢を刺激する物質が含まれているのでダイエットに効くなどという妄言の類が出た。
その時名前の上がったのがマンデリンだったので、ウチみたいなところにも、最も浅煎りに合わないマンデリンの浅煎りを買いに来る人が数人だがいらしたことがあった。
これでまた、珈琲店に浅煎りコーヒーを求めて人が動くな、と思っていたが、今回のブルータスの特集でこの流れは決定的になるだろう。


カフェジリオを開店して以来、本当に多くの方にコーヒーの好みをお聞きしたが、その返答の99%が「酸味は苦手なんです」だった。
浅煎りコーヒーというのは酸っぱいコーヒーの事なのである。

しかも、コーヒーの味を作り出す800種とも言われる香味成分のほとんどは深煎りに近い状態にならないと生成されない。
さらに抽出時に発生する炭酸ガスが充分出ないため、フィルター内で粉が膨らまず、充分にお湯が回らないため、味を引き出すことそのものが難しくなってしまう。
(この点についてはブルータスにも書かれていたが、その理由を「浅煎りは水分が残っているため、粉が下に沈むから」としている。いかに浅煎りでも焙煎終了の豆温は200℃以下ということは殆ど無いはずで、とすれば水分が残っているという説明にはちょっと無理があるように思う。やはり炭酸ガスの多寡が原因と考えるのが自然だろう。)

北欧では確かに浅煎りがメインストリームのようで、このような抽出の難しい浅煎り豆から味を引き出すために、空気圧をかけて強制的に抽出する「エアロプレス」という器具があるのだそうだ。

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分類で言えば、フレンチプレスやサイフォンといった浸漬法系統の抽出法の発展形ということになるだろう。
抽出時に出る油脂分の香味を余さず抽出するかわりに、灰汁成分もコーヒー液に含めてしまう方法だ。

ブルータスの特集は本当にコーヒーのことをよく知っている人が監修しているようで、透過法の代表格ペーパードリップを擬似的に浸漬法の器具に変えてしまう方法まで紙面で実験している。
お湯を注いだ後「撹拌する」という方法だ。
こうすると、比重の軽い灰汁成分を上に残してわざわざ分離する透過法抽出に、強制的に灰汁成分をコーヒー液に戻すことになる。
この本来無意味で逆説的な方法をわざわざ掲載しているところに今回の特集の強い意志と徹底度が見て取れる。

しかし、これらの器具はその意味で味の出にくい浅煎り豆からなるべく味を引き出そうという目的に向いていて、しかもコーヒー抽出に向かない硬水しかないために、多くの方がミルクを入れる欧米のユーザー向きの商品だと言えるだろう。

日本でコーヒーの味は、日本人の繊細な味覚や素晴らしい水質などを背景に独自の進化を遂げた。
ドリップの時発生する灰汁が、温度が高すぎると多く出てしまうことや、時間的には2分30秒あたりから多くなってくることなどを突き止めて、これらを分離してドリップアウトするために優れた器具を作り技術を磨いてきたのである。
その味が認められてきたからこそ、ハリオのV60が今や世界中で使われているのではないか。

食文化の一部である飲料の伝統というものは一朝一夕ではできないものだ。
コーヒーの仕事をしていて思うのは、この国の珈琲文化はスターバックスという黒船をジャンプボードにして、やっと再スタートを切ったばかりではあるが、豆本来の味を最大限引き出すことを主眼に置くという、なかなか筋の良い方向に動き出しているということである。
できることなら浮薄な流行の中に取り込まれなければいいのだが、と願うばかりだ。


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