2014年8月5日火曜日

幻のコーヒー「コピ・ルアック」のこと

英国ガーディアン誌に、コピ・ルアックの生産の「協力者」であるジャコウネコの飼育環境が劣悪で、是正を求める動物愛護団体の記事が出ていた。

The civets are almost exclusively fed coffee berries, which they then excrete. This image was taken on a civet farm just outside Surabaya, Indonesia. Photograph: guardian.co.uk

コピ・ルアックは、インドネシアのコーヒーで、ジャコウネコがコーヒーの実を食べ、糞の中から消化されないコーヒーのパーチメント(豆を取り巻く繊維質)を取り出し、それを脱穀、精製して生産されるコーヒー豆である。
映画「かもめ食堂」でも紹介されていた。

元々は野生のジャコウネコの“落し物”の中から拾い集めたコーヒー豆を指していた言葉で、だからこその希少性があった。
コーヒーノキという種は、こうやって消化されない種子を他の動物に食べてもらうことによって、ニッチを拡げていくことを選択した種である。いわば、ジャコウネコはコーヒーノキの生存範囲を拡げるための重要なパートナーであったのだ。

では、人はなぜわざわざ動物の糞の中から拾い集めたコーヒーを飲むようになったのだろう。
それはもちろん味がいいからで、その味の優位性は、当時はもっぱらジャコウネコが良いコーヒー豆の実をより分けて食べることにあった。
現在でも我々焙煎士はコーヒー豆を選り分けてから焙煎する。ジャコウネコは我々よりも優れた選別眼を持っていて、良質の豆だけを選り分けて食べるグルメなヤツなのだ。

このコーヒーはいつか「幻のコーヒー」などと呼ばれるようになり、好事家たちが高値で買うようになった。
こんな絶好の商材を利にさといコーヒー業界が見逃すはずがない。
農家は、豆屋に指導され、コピ・ルアックを人工的に作るシステムを構築する。
かくてジャコウネコは家畜化され、かつては自分で食べる豆を選べたのに、今では農家が与えるどんな豆も食べなくてはならない。
そんなことより誇り高きグルメなジャコウネコが、かつてはコーヒーの種子を運んで行くコーヒーノキのパートナーだったのが、今度は人間をパートナーとして、上の写真のような狭いケージ(というようり監獄に見える)に押し込められて生涯を過ごす気分はどんなものだろう。

もちろん、すべての農家がこのような虐待を行っている訳ではないのだろう。
ある日本人起業家がインドネシアに渡って作ったコピ・ルアック用の農園は、日本の鶏の平飼いのような環境で、清潔で快適そうな環境でジャコウネコを飼っていた。
だとしても、現在のコピ・ルアックというコーヒーには、フォアグラや熊の胆嚢のような人間の欲望が生み出した「不自然」の匂いを感じざるを得ない。


一生かかっても食べきれないような美食の情報がデジタルの海を行き交い、「食べてみたい」の一心で、買い求めたり、出かけたりする。
食品の提供者は、欲望を煽る新しい方法を常に考え、それをいかに安価に大量に生産するかに心を砕く。

その影で、犠牲になるものがいる。
誰かの願いは、誰かへの呪いとなる。
どこかの魔法少女が言っていたとおりだ。


それにしても、ことコーヒーのことを話題にする時、英国ジャーナリズムは視点の大きな批判精神を持つ。

ウルグアイ・ラウンドの時に、アフリカの農産物に関する輸出条件の改善交渉を数多くの分科会に分割して、代表団の少ないアフリカ勢が十分に会議に参加できない状況を作り出したり、アフリカ側の言い分を「君たちには世界とか経済というものがよくわかっていないのだ」という一言で片付けたりしていたことを暴いたのも英国BBCだった。
この時のドキュメンタリー・フィルムはNHKでも放送されたし、後に「美味しいコーヒーの真実」という映画にもなったのでご覧になったかたもいらっしゃるだろう。

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また、「コーヒーの真実」という著書で、奴隷貿易や植民地政策が搾取の構造を作り、多国籍企業がそれを引き継いで、コーヒー豆の取引を媒介して世界の貧富格差を拡大している様子を活写したアントニー・ワイルドもイギリス人だった。

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この本を読めば、大元は、英国東インド会社のモカコーヒーの独占経営にあることがわかる。
自国の過去の過ちに自覚的な英国のジャーナリズムに学ぶべきことは多いように思う。


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