2016年10月3日月曜日

嗜好品で正解がないからこそ、やっていることの理由を知っておいたほうがいい。

10月1日は、全日本コーヒー協会が定めた「コーヒーの日」でした。
北海道新聞にも、それに合わせて「美味しいコーヒーを淹れるコツ」についての記事が掲載されていました。


「入れて探す自分だけの一杯」というキャッチがいいですね。
まさにその通り。
本文中にも取材に協力された宮越屋珈琲の宮越社長の言葉があります。
「コーヒーはあくまで嗜好品。(飲み方などに)正解はない」と。
そしてそれは入(淹)れて探すのだということです。

コーヒーの味はわかりにくいものです。
それはカフェインの苦味が味の主体になっているからです。
苦い味は基本的に「毒」の味です。

カフェインは、種子を虫などの外敵から守るために植物が持っている毒で、これがあるためコーヒーノキは樹木としては非常に寿命が短い。
しかしそれでも種子をなるべく多く、広い範囲に残すことを生存戦略として選択して、カフェインを身中に作るのです。

そのカフェインは致死量があるところからわかるように、人体にとっても毒です。
だから、脳は、苦味の味覚を積極的には愉しみません。
そういうわけで、コーヒーの味がわかるようになるためにはある程度の経験をこなす必要があるのです。

その経験ももちろん効率的なほうがいい。
そのために「淹れる」という行為が有効です。
なぜか。
それを記事に沿って詳しく見ていきましょう。


記事では「豆の鮮度が大切だ」と言っています。
その通りです。
ですがコーヒー豆が水分を吸収して香りや味が劣化するという説明はちょっといただけない。

味の劣化の原因は二つ。
ひとつはコーヒーの味を構成する800種類ほどの化学物質が焙煎によって焼成されたものであるため時間が経つと分解されてしまうことです。
6日間で60%もの成分が失われてしまいます。
もうひとつは空気中の酸素と豆の油脂分が反応して起こる酸化です。
これがおこるとおかしな酸味が生まれ、胸焼けの原因になります。

どちらも低温で保管することで進行を遅くすることができますから、冷凍庫での保管をお勧めしますが、決定的な対策はそれではなく、実は「ミルを買うこと」なのです。
どちらも空気に触れている面で起きる現象で、挽かれてしまった豆の表面積は、そのままの豆の約800倍と言われていますから、劣化のスピードも800倍ということです。


次に記事ではペーパードリップ/ネルドリップでの湯の注ぎ方に言及します。
「豆の中心の500円玉くらいの範囲に低い位置からゆっくりと湯を注ぐこと」とあります。
まったくその通り。

しかしそれは記事にあるように「豆にかかる圧力を均一にするため」ではありません。
上の写真に概念図が載っていますが、圧力はあのようなベクトルではかかりませんし、そもそもゆっくりと言っているのだから水圧はかかっていない。
かかっているのは気圧と、水を引っ張る重力の力で、いずれも地面に対して垂直に掛かる力です。
そしてコーヒーの抽出に使っているのはもっぱら「重力の力」で、この重力の力だけでゆっくりと湯を引っ張ってより多くの味を抽出しようとしているのです。
そのために、余計な水圧を掛けまいとして「ゆっくり」湯を注ぐというわけです。


さて、続いて記事を見ていきましょう。
次は温度です。
95度から90度で、という温度指示ですが、とてもいいですね。
10年くらい前までは80度程度の低温派が主流だったんですが、ようやく修正されてきました。
これはコーヒー豆の油脂分を励起させて、多くの化学物質からなる本来複雑なコーヒーの味わいを均等に味わう助けになります。
記事にあるような高温では苦く、低温では酸味が強調されるというのは、僕自身は経験したことがありませんし、味を変化させるために温度を変えるというのはお勧めできません。


また記事にある「豆の量は一杯につき、約10グラム」というのは「器具によって違う」というのが正しいです。
また、いずれの場合も「一杯」で淹れるというのは抽出原理を考えれば避けた方がいい。
ペーパーやネルといった透過法の抽出では記事のとおり少し多めにすると味が良くなるのですが、その最小量の限界点が二杯分なのです。
一杯分では基本的に豆の量が少なくて充分な味に届きません。
(ドリップバッグをお勧めしない最大の理由もそこにあります)

またサイフォンでは決められた粉の量より多く入れると味が濁ります。
浸漬法(フレンチプレスなど)では指定通りの量と時間を守ることが肝要です。


嗜好品で正解がないからこそ、やっていることの理由を知っておいたほうがいい。
僕はそう思います。

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