深煎りの方がカフェインが少ないんですよね、とお客様に言われた。
結論から言えば、カフェインは、焙煎によって最も変化しにくい化学物質のひとつである。
店先で出来る話でもないので、ここで少し詳しく解説しておく。
加熱によって物質が「減少」するというのは、昇華から蒸発にかけての変化のことだが、カフェインの昇華温度は178度からで融点までいっても238度にしなくてはならない。
この熱には植物としての珈琲豆が耐えられない。
ミディアム・ロースト(浅煎り)の仕上がり190度前後から、フルシティの205度前後までの差でどれほどの昇華度の差があるか、という話である。
融点までの昇華量も数%というから、おそらく有意な差は見いだせないだろう。
その差よりも、間違いなくコーヒー豆の個体差の方が大きい。
カフェインは、コーヒーの苦味の中核を担う物質である。
焙煎度が深まるとコーヒーは苦くなるため、まず深煎りコーヒーはカフェインが増える、という噂が広まった。
ここまで読んでこられた方には、すぐお分かりになることだが、これは明らかに間違っている。
で、この間違いを正すために、むしろ加熱はカフェインを減らす傾向にあるという言説が語られはじめ、程度の問題を実証した人がいなかったので、深煎りはカフェインが少なくなる、という話になってしまったのである。
2007年に東京薬科大学の岡先生が実験をしてくださるまで、この「誤解」は続いた。
しかしこの真相は、カフェインの変化量はコーヒー豆の個体差に沈む、というわかりにくい、というかもっとはっきり言ってしまえば面白みのない結論であるため、人口に膾炙しないまま放置されている。
しかし本当の問題はそこではない。
なぜ、美味しいコーヒーを飲みたいはずの消費者が「カフェインの量」なんかを気にするのか、ということだ。
これはもちろん、近年とみに脚光を浴びているコーヒーの薬効性に鑑みてのことだろう。
コーヒー・ポリフェノール=クロロゲン酸がもたらす様々な薬効は、いちいちここでは取り上げないが、せっかくの健康飲料コーヒーに入っているという、鬼っ子の刺激物「カフェイン」をなるべく摂らないでおこうという発想なのだと思う。
健康機能があるとわかれば、よりそれを追求したくなるのが人情であって、なるべくクロロゲン酸を壊さない「浅煎り」スタイルが急速に市民権を得ているが、お客様の多くはコーヒーの好みを尋ねれば、たいてい「酸っぱいのはちょっと・・」というわけで、嫌いな味を我慢して薬効を飲むというのは本末転倒ではないだろうか。
ましてやコーヒーの味の本体であるカフェインを摂るまいとするのは。
美味しいコーヒーを毎日飲んで、ついでに健康にもいい。
これでいいのではないだろうか。
真剣に薬効を必要とするような状況ではコーヒーの味も楽しめないのだから。
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