小さな頃から、なんでも一人でできるようにと、母は簡単な料理や、洗濯、掃除といった家事一般を教えてくれたが、不器用な僕はどの家事も得意にはならなかったから。
開店を決めた時、その母は、あんたみたいに不器用なのに店なんてできるわけないでしょ、と言ったものだ。実は自分でもそりゃそうだと思っていた。
もちろん「仕事」として充分にディシプリンを積み、綿密にプランした「商品」を作ることができたと思うから開業もしたわけだし、自信も持ってはいる。
それでも今こんな仕事をしているのは、やっぱりなんだか不思議に思えるのだ。
そんな僕が、やはり一生の仕事にこれを選んだのは、やっぱりあの時の「あれ」かなあ、と思うことがひとつある。
1979年。
中学2年生の時、文化専門委員という生徒会の仕事を仰せつかった。
委員長は同級生のお兄さんで、高橋さんというロック好きの人だった。
その人は、ニューミュージック全盛の当時、自分の大好きなハードロックをみんなが聴かないのは単に聴く機会がないからに違いないと信じて、果敢にも放課後の音楽室でブリティッシュ・ハードロックの雄LED ZEPPELINのレコード・コンサートを生徒会主催行事として敢行した。
自分で一枚だけ買ったLed Zeppelinの4thアルバム。 名曲「天国への階段」収録のこのアルバムにはタイトルがなく、メンバーを表象したシンボルが4つ記されているため、一般にはIVとかFour Symbolsとか呼ばれている。 |
観客は20人くらいだったろうか。
私は委員として運営の手伝いをしていたのだが、その音楽があまりにも素晴らしくて仕事どころではなかった。
このレコード・コンサートがどのくらい音楽的啓蒙に寄与したかはわからないが、少なくとも一人は多いに感化されたわけだ。
翌年彼の偉業を引き継ぐべく、レコード・コンサートの継続を公約に、生徒会役員改選選挙にて文化専門委員長に立候補した。
しかし、レコード・コンサートのことしか考えていなかったためか見事に落選して、しかたなく高橋先輩に録音してもらったLED ZEPPELINのテープを自室で聴き続けた。
人が集まっている場所でレコードをかけて、誰かがその音楽に感動する。
この時のレコード・コンサートはいくつかある私の音楽的原風景のひとつで、自分が今カフェなどをやっていることのバックグラウンドの重要な一部を成しているように思える。
今でもレコードが好きなこと。
自分はAudio Phileではなくて、Music Loverだと思いたいのに、やっぱりオーディオ機器そのものも大好きなこと。
そういうことも、この時に生まれた僕の一部なのかもしれない。
この機会に、カフェジリオにお迎えしたお客様に素敵な音楽をお聴かせするために用意したオーディオ機器について、ご紹介しておこう。
このスピーカーは、英国タンノイ社のグリニッジ(Greenwich)というやつで、1986年頃のものらしい。
この店を出すときに、どんなスピーカーを置くか色々見て回った。今人気のある新しいスピーカーは、どれもスタイルが細身でなんだか気分が出ない。
でもJBLの大型機は大音量でないと真価が発揮できていないように感じたし、アルテックは感覚にぴったり来てぜひ欲しい!と思ったけどちょっと古すぎて業務で使うのは不安だった。
で、タンノイを聴いてみようと、アーデンという大型機を置いている喫茶店があると聞いてお邪魔したBasicというお店で、サブに使われているこのグリニッジの音と顔に一目惚れしたというわけだ。
アンプは、ちょっとだけ紆余曲折したが、最終的にこのスウェーデンのCoplandブランドCTA401真空管アンプに落ち着いた。
92年ごろにパイオニアが輸入していたものらしい。
当初アメリカMcIntosh社の真空管アンプでやっていたのだが、故障が続き、その度に大変な労力を取られるのと、お店のBGMってのはボリュームに気を使うもので、お客様からも随分「音量を下げてくれ」と言われて、それなら気の利いた、他所で使っていないプリメインアンプはないだろうか、と探していてこいつに出会ったのだ。
今までやってきたことや出会った人たち。
そんな日々の全部で今の自分なんだなあ、とあらためて思うわけで。
だから、自分だって誰かの大切な出会いのひとつでありたいなあと、心からそう思うのです。
(旧Cafe GIGLIO Blogから加筆修正して転載しました)