2013年6月16日日曜日

父の日に思う、父のこと。

今日は父の日なので、父のことを記そうと思う。

父は大学で体育を教えていた人だった。
だから運動音痴の僕のことがきっととても歯痒かったろうと思う。

小学生の時、足も遅かったし、持久力なんか欠片もなかったから、校内のマラソン大会ではいつも限りなく最下位に近かった。

そんな僕に、父は毎朝一緒に走ろうと言ってくれて、お酒を飲んだ翌日なんか辛かっただろうけど、毎朝毎朝ランニングに付き合ってくれた。

父は教師であった。
だからただ走ったりはしない。
走り方を教えながら走ってくれたのだ。

父はどんなときも問題をワンイシューに変換して説明するのが上手かった。

「走る時のエネルギーは太腿が上がる角度が作る」

この時教わったこの言葉は、足を速く動かすことを支配する「原理」を表現するものとして、その後僕が社会で働く中でぶつかったいくつもの問題を考えるとき、いつも頭に浮かんだ。

正しい理屈には結果をもたらす力がある。
この年僕は、マラソン大会で上位40%くらいに入る「大躍進」だった。
あまりに速くゴールラインにたどり着いたので、応援に来てくれた家族はあやうく僕の姿を見逃すところだった、という。

スキーも縄跳びも野球も技術ではなく、それが「重力との戦い」であるという視点から語られた。


「その事象を支配しているたったひとつの原理を探す習慣」、が父が僕に長い時間をかけて教えてくれたものだと思う。

子どもだからと思わずに大切なことを伝えてくれようとしたことに今ひたすらに感謝している。
僕は僕の社会経験でこの習慣を鍛えて来たつもりだ。

そして僕にも今は父と呼んでくれる娘がいる。
この宝物を娘にきちんと伝えていくことが父への恩返しだと思う。

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