2016年3月20日日曜日

サードウェーブとスペシャルティコーヒーの混同

昨日届いた夕刊を見て、間違って古新聞が配達されたのではないかと思った。
一面に、コーヒーに「第3の波」とあったからだ。


もちろん第3の波=サードウェーブは、今到来したものではない。
米国発のサードウェーブ・コーヒーの到来はブルーボトルコーヒーの日本上陸と定義していい。
最初にその意義も含め詳細にレポートされたのは2014年7月のWIREDだろう。

WIRED VOL.12 (GQ JAPAN.2014年7月号増刊)

コンデナスト・ジャパン (2014-06-10)

本ブログでも記事で取り上げている。
→「コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理」
 
サードウェーブという言葉そのものは、もちろんアルビン・トフラーの主著「第三の波」からの引用で、これは農業(新石器)革命、産業革命に続く情報革命の到来を予見した大ベストセラーである。
米国のコーヒー界に起きた歴史的革命を、ボストン茶会事件(アメリカン・コーヒーの発祥)、スターバックスによる深煎りコーヒーの爆発的普及を経て、自家焙煎&ハンドドリップの高品質コーヒー時代の到来になぞらえているわけだが、実に上手にトフラー歴史観のニュアンスを掴まえていると思う。

折角の機会なので、少し詳しく解説しておく。

ボストン茶会事件(ボストンちゃかいじけん、英: Boston Tea Party)は、1773年12月16日に、マサチューセッツ植民地(現アメリカ合衆国マサチューセッツ州)のボストンで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が港に停泊中の貨物輸送船に侵入し、イギリス東インド会社の船荷である紅茶箱を海に投棄した事件で、アメリカ独立革命の象徴的事件の一つである、とwikipadiaに書いてある。
当然のことながらこの事件の後、茶は民衆の飲み物としては入手しにくい状況になった。
代替え品として、「浅く焙煎して」茶に味を似せたコーヒーが飲まれるようになり、これがアメリカン・コーヒーの起源であり、 爆発的に消費量が増えたきっかけなのである。
このことがブラジルをはじめとする南米系の大産地を育てることになるのだから、まさに始原的革命なのだ。

しかしあくまでも茶の代替え品として焙煎されているわけだから、コーヒーとしての味は十全に引き出されてはいない。
ここに疑問を持ったのがアルフレッド・ピートという男で、子供時代住んでいたオランダで親しんだ深煎りコーヒーをアメリカでも楽しめるようにすべきだと考え、1960年代からコーヒー焙煎の仕事を始め、1966年に独立店舗としてピーツ・コーヒー&ティーをバークレーに開店した。ピーツの深煎りコーヒーは人々の心を囚え、70年代、店には長蛇の列ができるようになったが、その中にスターバックスを開業する三人がいた。

ピートに焙煎を手ほどきしてもらい開業したスターバックスは、80年代にジョインしたハワード・シュルツによってエスプレッソ中心のラインナップへの変更を提案されるも、これを拒否。あくまでも深煎り焙煎の豆売店という基本路線を貫いた。
しかし、シュルツは退社してイル・ジョルナーレを開業。エスプレッソのテイクアウトで大成功し、その資金でなんと古巣スターバックスを買収してしまう。
その後、茶の代替え品でしかなかった米国のコーヒーに本来の味を取り戻し、圧倒的に洗練されたオペレーションで展開された店舗はあっという間に全米を席巻し、その嵐は世界をも巻き込んだ。
産業革命の成立経緯を考え合わせると、そのアナロジーの見事さに感心する。まさにコーヒーの産業革命ではないか。

そして、ブルーボトルコーヒーの登場である。
サンフランシスコの小さなカフェでひたすら焙煎の実験を繰り返し、美味しい珈琲を追求していたジェームス・フリーマンの作る珈琲のモデルとなっているのは、「黒船」スターバックスの上陸以来淘汰され続けた日本の喫茶店の中から、焙煎と抽出の科学(経験ではなく)を背景に出てきた新世代のコーヒー技術者たちだ。
 ブルーボトルコーヒーが世界から注目されている理由は、ブライアン・ミーハンというマネージャーがアップルを始めとする テック系出身の大物投資家を口説いて出資させているというニュースバリューにもあるが、この「理詰めの」コーヒーは、そのようなシステムとも親和性が高い。
まさに、トフラーのいう情報革命という「現象」によく似た構造を持っている。

だから、北海道新聞が指摘する「現象」は、ジェームス・フリーマンが逆輸入した日本の科学的コーヒーによる「再評価」と言っていいだろう。



しかし新聞で解説されていたサードウェーブは、スペシャルティコーヒーの定義そのもので、このコンセプトは少し出自が異なるものなのである。

スペシャルティコーヒー(=Specialty Coffee)という言葉は、1978年にフランスのコーヒー国際会議で、米国のロースターによって提唱されたもので、産地の違い(土壌、気温、湿度、標高など)が、コーヒーの味の差である、という産地重視のコーヒー産業界の再構築を目的にしていて、ワインという偉大な先行産業を視野に入れた提言と思われる。
この後、世界各国でスペシャルティコーヒー協会が設立されオークション・システムなどが確立していった。
現代の高品質コーヒーはこの流れから出てきたものだから、サードウェーブと無関係とはいえないが、スペシャルティコーヒー=サードウェーブという考え方には少し無理があると思う。

コーヒーという作物は、世界を覆う「格差」という、コロニアリズムの負の遺産を象徴していて、ゆっくりとだが改善に向かいつつも、大資本によるコーヒー市場の独占という新しい問題にも晒されている。サードウェーブはこのような経済効率一辺倒の社会に一矢報いる新しい動きでもある。
この記事が「一杯千円でも人気」と結ばれては、コーヒー産業再構築の流れを担うサードウェーブも起こし損ではないか、と心配になってしまう。

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