2013年11月4日月曜日

最上の"Here and There"

いろんなところで書いているが、僕は平成元年から18年までの間、リクルートという会社にいた。

リクルートOBの多くが「人生に大事なことはみんなリクルートで教わった」的な本を出版していて、そんな本を読もうと思う動機がちょっと僕には思いつかないので、たぶん他のOBたちが読んでは「あるある」といって楽しんでいるのだろうと思うのだが、そういう本を書きたくなる気持ちはすごくよくわかる。

技は見て盗め、とか俺の背中から学べ、みたいな人はあまりいなくて、何かにつけて実に雄弁に、実にかっこいい言葉を使って後輩に物を教える人が多かった。

僕も胸にいろんな言葉を刻んでいて、余さず自分の後輩たちにも伝えてきたつもりだ。
その中で、これはあまり人には言わないのだけれどとても大切にしているシンプルな言葉がある。

この言葉を教えくれたのは、社内の研修を受けていた時にトレーナーを務めてくださったとなりの部署のマネジャーさんだった。
東大出身で、もともと僕がやっていた仕事を長い間やってこられた大先輩。
普段は言葉少なでとっつきにくいのだが、その日はとても丁寧な言葉づかいで、心から滲み出てくる優しさと温かさに満ちた言葉をたくさん使って研修をリードしておられた。

社内での研修ゆえの気安さからか、新人だった僕らの態度には、この場を無難に乗り切ろうという意図が透けて見えていたようで、先輩は少し改まった口調でこう言った。

会社の会議に遅刻してくる人ってだいたい決まっているだろう。そういう人はお客様のアポイントにも遅れがちなんだ。お客様は何も言わなくても少しづつその営業マンへの信頼残高を減らしていくだろう。君たちが今ここでとっている態度は、君たちの知らないうちにお客様にも伝わっているんだよ。君たちがやっている仕事は営業だけど、営業のスキルを上げるってのは結局生き方のスキルを上げるってことなんだ。どんな一瞬もおろそかにすれば本当に大切な時に力を発揮できないんだよ。
ここで、起こっていることは、別の場所でも起こる。
"Here and There"という言葉を覚えておきなさい。

・・・・
もう完全に目が覚めた。仕事というものの見方が180度変わった瞬間だった。
"Here and There"
今でもことあるごとに思い出す人生の教訓だ。


山本太郎参議院議員のこの度の騒動も、"Here and There"案件のひとつではないか、と思っている。
事象だけみれば、議員が今まで世間を騒がせてきたいくつもの案件と同様に「世間知らず」ゆえに、ちょっと「ピンずれな方法」で、「スタンドプレー・スタイル」でボールを投げた、というだけであって、世間がこれほど大きく騒いでいるのは、今までの議員の言動もすべて含めて、ちょっとどうなのよ、と怒っているということだろう。

個人的には、そこまで一途になりふり構わず行動する政治家ってのは最近あまり見ないし、当選するまでは意気軒昂だが、議員になったら組織人に変貌しちゃう議員よりよっぽどマシなような気もする。
何より今回の件、実害がない。実効果もないが。


だからそんなことよりみんなが怒っているのは、天皇陛下に失礼でしょ、ってとこなんだと思う。
そこんとこは僕もちょっとカチンときた。

今上天皇陛下は即位する前から、天皇は現人神ではなく、日本国民の象徴としての人間天皇を体現することが決められていた初めての方だ。
きっと即位される前からそのことを考えぬいて来られたと思う。
そして、いつも皇后陛下を優しく見つめられ、災害があればお駆けつけになられ、国民的なスポーツ大会にもできるだけ臨席され、国民の前にお立ちになれば、いつも本当に大事な事を、雄弁さではなく率直さで語られた。
これが私の思う日本国民の姿だ、という理想をすべてのお時間を使われて体現しておられるのだ。
最上の"Here and There"だ。

だからそんな今上天皇陛下は、福島の被曝の状況についてならわざわざ議員の書状なんかでご覧にならなくても、誰よりも深く心を痛めておられるに決っている。
それどころか、脱原発で仕事を失くした人たちや、発電所を主要な産業として財政上の頼りにしている自治体の人たちのことだって平等に気にかけておられるだろう。
相反する立場の人たちの心の痛みをまるごと引き受けてこその国民の象徴だと、天皇陛下は考えて行動しておられる。
山本太郎議員が想像している以上に「言われるまでもない」のである。
だから小市民な僕らは、そこに苛立ちを感じてしまう。

そうしてきっと僕らのそんな気持ちをも飛び越えて、止むに止まれぬ気持ちで自分宛の手紙を書いた議員の心情にも、今そのお心を痛めておられる。
今上天皇陛下という方はそういう方なんだ、と僕は思っているし、多くの国民がそう思っているのだと思う。

だからこそ。

僕に"Here and There"という言葉を教えてくださった先輩に報いるためにも、この案件に苛立ちを覚えてしまった僕は、自分自身がそのような言動をしていないかどうか、心に刻んで日々の生活や仕事に立ち戻るしかない。
それしかできることはない。

1 件のコメント:

  1. "Here and Now”は、今・ここに集中する、今・この時を生きる、という意味で、研修でもよく使われる。一方”There and Then”はそれに対比して、そこで・その時、つまり過去のすでに起こったこととか、この場ではないときのこと、として使われる。

    ”Here and There”は、初めて聞きました。その意味することは、これまでも別な言葉で使ってきたが、これまた、シンプルで意味が深い。

    天皇陛下のお心持ちすべてをすることはできませんが、”Here and There, and Now and Then”と言えるのかもしれません。

    伸之助さん、ありがとうございます。

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